研究会発表 抄録集

カマイルカの連続射精における精液性状の変化について

展示課 加藤結

 

カマイルカLagenorhynchus obliquidensの連続射精時の精液量, 精子濃度, 精子活性の変化を調査した.
供試個体は1頭の雄のカマイルカ(国内登録番号285, 2001年1月29日野生捕獲, 推定年齢 16歳, 体長 220cm ). 2014年6月20日から2014年8月14日まで, 2日から5日おきに1日あたり連続3回を1セッションとし, 計19セッション採取を試みた. 精液採取は, 横臥姿勢での上陸後に, 生殖溝への接触刺激での陰茎露出, それに後続する射精を条件付けて, 20-30秒おきに実施した. 連続採取の時間間隔は, 当該間隔で精液を採取できていた過去の経験に基づいて決定した. 採取した精液は検査まで37℃の湯で保温した. 精子濃度は血球計算盤で算定した. 精子活性は, 牛の精液評価法に準じ, 精液をスライドガラスに貼ったパッチ状シール内に滴下し, 生存率と運動力(運動激烈から運動しないまでの5段階)を記録し, 運動力により重み付けした数値と生存率を掛け合わせて100で割り, 精子生存指数として評価した.
19回のセッション中, 3回とも射精があったのは11セッションであった. 精液量の中央値は1, 2, 3回目, それぞれ, 8.5ml, 1.0ml, 1.0ml. 精子濃度は6.0×10⁸/ml, 0.02×10⁸/ml, 0.004×10⁸/ml. 精子生存指数の平均値は47.3±32.4(標準偏差), 43.3±23.2, 27.8±20.7であった. 精液性状は1回目が良く, 回を重ねるにつれ, 悪化する傾向にあった.
バンドウイルカでは15-20分間内に連続して9-10回射精が可能で, 1回目では量が多いが精子濃度は低く, 逆に2回目以降では, 量は少なくなるが, 精子濃度はピークに達することが報告されている. 今回の結果と差が生じた理由として, 射精間隔の違いが考えられる.

発表資料:2014年第40回海獣技術者研究会・カマイルカの連続射精における精液性状の変化について(1.29MB)pdf[1]

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シナイモツゴの系統保存について

2013年 東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会 水族館との共同研究。その現状と、将来展望に期待を込めて

展示課 石川訓子
新潟大学理学部 坂井雅人,酒泉 満

シナイモツゴは、かつて関東から東北地方に広く分布していた種であるが、現在では東北6県および新潟県と長野県でのみ確認されている希少淡水魚(絶滅危惧ⅠA:環境省)である。1995年よりJAZAの種保存事業繁殖対象種に選定され、現在6園館にて保存活動を行っている。新潟市水族館では選定時より種別計画管理者を引き受け、本種の保存に努めてきた。

近年多くの種において遺伝的系統が調査され、系統を重視した保存活動が展開されるようになっている。しかし本種においては、一部の地域間での調査報告があるのみで、生息地全体にわたる系統は調べられていなかった。そこで新潟大学に協力を得て、本種の保全に資するために遺伝的系統解析を行った。新潟大学の協力を依頼した理由は、1.メダカの遺伝的系統分析の実績があり専門知識と設備がそろっている 2.水族館から近い 3.以前より展示や研究での交流があった の3点である。

まず本研究を行うにあたり当館保存個体を使用し予備実験を行った。予備実験では、調査領域(シトクロームB、16sリボソームRNA)の決定とプライマーの設計、実験方法やサンプリング方法等を試行した。実際にいくつかの系統があることが予想される結果が得られたため、それを踏まえ方針を決定した。同時にJAZAの野生動物保護募金による助成事業に申請、採択され研究費を得た。これにより一年間で研究を完了し活動の報告と公表の義務が生じた。
実際の役割分担は、検体の入手は水族館、実験方法の決定と設備提供・薬品の調合および実験機材の設定は大学、実験と塩基配列の決定は両者、分子系統解析は大学が担当した。なお打ち合わせはすべて大学で行った。助成研究費は、検体保存用のサンプル瓶とエタノール、大学で使用する試薬類に利用した。その他の支出として、検体輸送料やサンプリングにかかる費用は水族館、チップやチューブ等の消耗品や使用量が少ない薬品類は大学側が負担した。
水族館が受ける共同研究のメリットは、研究のデザインについての助言や実験の分担、設備の利用、解析作業など多大で、専門性の高い遺伝的系統解析が行えることであった。一方で、実働の共同研究者が大学院生であったため、課程修了により研究室から離れてしまい、その後の連絡が難しくなった。また、今後追加調査の必要が生じた際の引き継ぎ等が問題となると考えられる。大学側のメリットは、学生が社会と研究の接点を実感しやすい、研究成果の公開と社会への還元の良い機会となることなどがあげられる。また、1年間という期限のため、実験を進める中で必要となった追加実験の時間をつくることが困難であるという問題にも遭遇した。

本研究の結果、シナイモツゴは太平洋側(A)と日本海側(B)の2系統から成り、さらにBは5つの亜系統(B1~B5)に分けられることが判明した。現在保存している個体群は太平洋側の系統(A)と日本海側の2系統(B3,B5)に含まれ偏りがあった。今後は保存産地を見直すとともに新規の保存園館を募り、系統を重視した保存活動が展開できるよう努めたい。

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シナイモツゴの遺伝的系統解析

2013年 第58回水族館技術者研究会

展示課 石川訓子
新潟大学自然科学系 坂井雅人,酒泉 満

シナイモツゴ Pseudorasbora pumila pumila は,東北6県および新潟県,長野県で生息が確認されている希少淡水魚(絶滅危惧IA:環境省)であり,JAZAの種保存事業対象種として,現在6園館にて保存活動が行われている.しかし,種内の遺伝的多様性に関する網羅的な報告はない.今後の保存活動に遺伝的多様性の把握は必須であると考え本解析を行った.

検体は,各保存園館からの提供,各地の保護団体や動物園・大学からの提供,当館による野生個体の採集により,青森2,岩手6,宮城1,秋田2,山形1,福島2,新潟11,長野1の計26地点177個体を得た.またウシモツゴ1産地8個体を入手し外群に用いた.

尾鰭の二叉より先端部分の上下をハサミで切除後,96%エタノールにて固定したものを検体とした.各個体からフェノールクロロフォルム法によりDNAを抽出し,ミトコンドリアDNA上にあるシトクロームB(以下Cytb)と16SリボソームRNA(以下16SrRNA)をPCR法により増幅し,ダイレクトシークエンス法にてそれぞれの領域の塩基配列を決定した.その後,最大節約法とベイズ法にて分子系統解析を行った.その結果,Cytb では 13,16SrRNA では 14,Cytb+16SrRNA では 16 のハプロタイプが検出された.最大節約法およびベイス法による分子系統解析の結果,これらは A,B,2つのクレードに大別できた.A は太平洋側のみに分布し,B は日本海側に分布していた.さらに Bは5つのサブクレード(B1~B5)から成っていた.

日本海側,特に新潟県内では異なる遺伝的系統が側所的または同所的に分布していることが判明した.また,現在の保存産地は3系統(A,B3,B5)のみであり,偏りがあることが明らかとなった.今後は遺伝的系統を踏まえた保存活動が展開できるよう図って行きたい.

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アカムツ人工授精卵のふ化条件と仔魚の育成温度について

2013年 関東・東北ブロック水族館飼育技術者研究会

展示課 新田 誠

親魚は,性成熟期間に該当する2012年10月2日と10月9日の2回採集した.船上で乾導法による人工授精を実施し,浮上卵を表層水温(約25℃)で酸素パック輸送した.以前(2010年,2011年)は,卵管理を採集海域の表層水温(受精水温約23℃)で実施したところ,沈降後に大多数の卵が死亡した.受精後の浮遊卵は継時的な沈降後にふ化するため,卵発生時の適正水温はより低温であると推測した.今回は約25℃の海水を満たした30?パンライト容器に受精卵を移した後,濾過槽に設置したクーラーで徐々に水温を低下させ,沈降後の水温を親魚の産卵水深(約100m)を参考に水温約18℃で卵管理を試みた.また,過去2回では,沈降卵の放置がふ化率の低下を招いたため,エアーレーションによる強い通気を行い,常に卵が浮遊している状態を保つことで卵の沈降死を回避させた.結果,受精卵の大多数をふ化させることができた.ふ化までの時間は約35時間で,水温23℃の25時間より長くなった.ふ化仔魚は,500?パンライト容器でふ化時の水温約19℃で育成した.餌料には,栄養強化(SCP:クロレラ工業㈱)したS型ワムシを使用した.開口は,以前の育成時と変わらずふ化4日後であった.開口後,飼育水中に残ったワムシのさらなる栄養強化,光刺激の軽減などを考慮して,冷蔵ナンノ(ヤンマリンK-1:クロレラ工業㈱)50m?を飼育水中に毎日添加した.9日齢までは順調な成長が観察され,ワムシの摂餌も確認したが,その後成長が見られず,13日齢に大量死が見られた.19日齢まで育成した個体も成長が見られず,20日齢で最後の1尾が死亡した.受精卵の沈降死の対処方法は,卵管理時の強い通気と低水温管理が適していると判断されたが,仔魚の飼育に関しては,低水温飼育が成長阻害に起因した可能性を示唆し,水温の異なる環境での再試験が必要であると考えられた.

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左後肢基部が腫脹したゴマフアザラシ

2013年 第39回海獣技術者研究会

展示課 田村広野,岩尾 一,井村洋之

2013年6月6日午後(第1病日),1頭のゴマフアザラシ Phoca largha (雌,3歳)左後肢基部が直径約 6cm の半球状に腫脹した.元気ではあったが,午前より摂餌が無く,左後肢関節の強直,他個体や人への神経質感が顕著だった.同日夕方の患部の触診では熱感,硬結感,液体や固形物の貯留は感じられず,視診では明らかな出血や外傷は確認できなかった.対症療法として,抗生剤(アンピシリン 20mg/Kg,皮下注,1日1回)と鎮痛剤(ケトプロフェン 1mg/Kg,皮下注,1日1回)を投薬した.第1病日の血液検査では,白血球数と CK 値の高値,鉄の低値が顕著で,筋組織の異常をともなった炎症性疾患を示す所見であった.第2病日のエコー検査および穿刺生検でも有意な所見はなかった.第2病日には腫脹がやや縮小したが,摂餌はないため,皮下注射での投薬を継続した.

第3病日には摂餌が回復したため,経口での抗生剤(アモキシシリン 10mg/Kg,1日2回)と鎮痛剤(カルプロフェン 1mg/Kg,1日1回)の投与に切り替えた.第3病日の血液検査は,第 1 病日よりも改善傾向の所見であった.腫脹部は,第4病日以降から縮小しだし,第6病日にはほぼ正常に戻った.左後肢の動きは,第2病日以降からゆっくりと改善され,第6病日に左右差はほぼ無くなった.

鎮痛剤は第6病日,抗生剤は第10病日まで投与した.各種検査所見,抗生剤の反応からは,鼠径ヘルニア,壊死性筋膜炎,皮下膿瘍,血腫などの鑑別診断は除外され,蜂窩織炎に近い病態であったと考えられた.起因菌の特定はできなかったが,使用したグラム陽性菌用の抗生剤に反応したことから,人や他種動物の蜂窩織炎の原因菌として多い連鎖球菌やブドウ球菌の関与が考えられた.もし発症当日に血液培養を行っていれば,起因菌を分離できたかもしれない.

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アオウミガメの甲羅壊死症の治療

2013年 両生類爬虫類会議

展示課 岩尾一,原田彩知子

【症例1】
2010年1月9日(第1病日), 1頭のアオウミガメの背甲辺縁部で重度の壊死, 感染が生じていたため, 壊死組織のデブリドマン, 経口および筋肉注射での抗生剤投与を行った(ERFX 10mg/Kg 筋肉内注射, OFLX 20mg/Kg イカに入れての経口投与). 第1病日より, 継続的に病変部の状態を, グラム染色による細胞診でモニタリングしたところ, 大量に出現していたグラム陰性菌および白血球が, 抗生剤投与開始翌日から減少, 消失していることを確認したが, 第10病日より細菌が再出現したため, 第11病日に同じ方法でのOFLX投与を実施した. その後, 第20病日以降も細菌の出現はなかったため, 治療終了とした.

【症例2】
2012年5月15日(第1病日), 同個体が, 同居他個体からの咬傷で, 背甲の辺縁部に複数の壊死病変を生じたため, 前回同様にデブリドマン, 抗生剤投与(OFLXはLVFX 20mg/Kgに変更)を行った. 病変部のグラム染色によるモニタリングも同様に実施したが, グラム陰性大型連鎖球菌と白血球がERFXとLVFXの投与開始後も出現していたため, 細菌の染色態度, 使用抗生剤のスペクトラムから嫌気性菌関与も疑い, メトロニダゾール投与も第2病日より追加した(10mg/Kg PO 2日に1回). メトロニダゾール開始翌日より, 細胞診所見は改善した一方, 下痢が発生した. 下痢は整腸剤(ビオフェルミンS 5錠 Bid PO)の併用で著しく改善した. ERFXとLVFXの投与は初日のみ, メトロニダゾールは第22病日まで投与して, 治療を終了した.

【考察】
アカウミガメでは, イカに入れてERFXを20mg/Kgで経口投与すると7-10日間, 治療に十分な血中濃度が維持されることが判明している(Jacobson Et Al, 2005). 今回のアオウミガメの症例で用いた同系統のOFLX, LVFXでも同様の効果があったと考えられた. また, 局所の細胞診は治療効果判定に有用であった.

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バイカルアザラシ Pusa sibirica における血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性

2013年 第19回日本野生動物医学会

展示課 岩尾 一

【序】
アザラシの雌の繁殖様式で特徴的な要素は, 毎年繁殖性, 年1回繁殖, 数ヶ月の着床遅延, 長い妊娠期間, 短い授乳期である. 繁殖内分泌学的には, 排卵後, 数週間から数ヶ月間持続するプロゲステロン(P4)の高値(偽妊娠), 胚の着床後から出産直前までのP4とエストラジオール(E2)の持続的な上昇が, 数種のアザラシで共通する特徴として知られている. 繁殖内分泌学的な報告がほぼないバイカルアザラシを対象として, 血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性を調べた.

【材料と方法】
新潟市水族館で飼育していたバイカルアザラシの1頭の雌について, 2007年12月から2012年9月にかけての繁殖履歴を調査した. 同期間中, 月1, 2回の後肢指間静脈からの採血を試み, P4とE2の血中濃度をCLIA法で測定した. 流産があった場合は胎仔の病理解剖も実施した.

【結果】
対象期間中の繁殖履歴は, 正常出産1回, 未妊娠1回, 流産3回であった. 正常に妊娠, 出産した1例では出産直前までP4, E2ともに持続的に上昇し, P4とE2の最大血中濃度はそれぞれ71ng/Ml, 142.4pg/Mlまで達した. 未妊娠の1例では, P4の血中濃度は偽妊娠期間中の14.1ng/Mlを最大値として以降, 次回排卵まで漸減し続け, E2の上昇はなかった. 流産した3例では, 正常出産時と比較して, 胚着床後, 3ヶ月間程度, P4の血中濃度が低い値で推移する傾向があった. E2の血中濃度は, 2例の流産例では流産直前まで正常出産時と変わらないほど高値で推移したが, 1例では偽妊娠期間中に極端な低値を示すなど不安定な挙動を示した. 3回の流産例の胎仔の死因は, 右心不全(2例)と脊柱側弯症(1例)であった.

【考察】
排卵後および胚着床まもなくのアザラシでは, P4は主に黄体から分泌されているが,胚着床後はP4の主要な分泌源は胎盤に切り替わるとともに, 卵胞および胎仔の生殖腺からE2が分泌されることが, 偽妊娠期間中のP4の血中濃度の高値, 胚着床後のP4およびE2の血中濃度の持続的な上昇の理由として考えられている. 対象個体の正常出産時, 未妊娠時のP4およびE2の血中濃度の変化は, 他種のアザラシで報告されている特徴と一致するものであった. 流産例ではすべての事例で, 胎仔死が妊娠中断の直接の原因であると考えられた. 胎仔の死因には何らかの先天的疾患が関与していたことから, 疾患に合併した胚や胎盤の発達異常などが, 胚着床後にP4の血中濃度が顕著に上昇しなかったり, P4やE2が不安定な挙動を示したりした要因となっていたのかもしれない.

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ハンドウイルカの肺アクチノマイセス症疑い2例

2013年 動物園水族館獣医師臨床研究会

展示課 岩尾一, 山際紀子, 鶴巻博之

アクチノマイセスは分岐した短桿菌から繊維状の形態を示す, 動物の口内に常在する非抗酸性グラム陽性嫌気性細菌であり, 口腔以外にも, 時に軟部組織や深部臓器での感染症を起こすこともある. ハンドウイルカ2頭で肺アクチノマイセス症を疑う所見を得たので報告する.

症例1: 雌, 22年飼育. 下顎先端の複数の動揺歯周囲で持続的な排膿と時折の腫脹があり, 2011年10月より呼気の細胞診で白血球の少数出現が持続していた. 歯周の白色膿のグラム染色および嫌気培養でActinomyces Sp.を検出したため, AMPC(10mg/Kg Bid PO)を投与開始すると, 呼気中の白血球の出現も停止した. AMPC投与開始後, 20日目にネフローゼ症候群, 33日目に肺炎様症状を発症したため, ステロイド, 各種抗菌薬を投与するものの75日目に死亡した. 肺炎様症状後, 呼気中に間欠的なアクチノマイセス様菌塊の出現を認め, 剖検では肺の約2/3を占める硫黄顆粒状物を含む肺膿瘍を形成していた. 死後の培養検査等では膿瘍部より有意な病原体は検出されなかった.

症例2: 雌, 23年飼育. 下顎先端の一本の動揺歯周囲からの白色膿の持続排泄. 2012年4月より呼気の細胞診で持続的な白血球の出現が見られた. 2012年5月, 歯周の白色膿のグラム染色でアクチノマイセス様菌体を検出するが, 培養には失敗した. AMPC(10mg/Kg Bid PO)を投与開始以降, 呼気細胞診上, 白血球の出現は一旦停止したが, 10日目以降より間欠的に新鮮および膿瘍化した白血球, アクチノマイセスの溶菌像と思われるグラム陽性物が大量に出現するようになった. AMPCは約9ヶ月目の現在も投与中である.

肺アクチノマイセス症は誤嚥に起因する事例が多いものの, 鯨類では特殊な呼吸器の解剖構造から, 口腔内容物の誤嚥は生じにくく, 本2症例では破折歯周囲の感染巣からの血行感染が疑われた. アクチノマイセスは鯨類の細菌性肺膿瘍の起因菌としての報告事例はないものの, 歯周疾患を持つ個体では特に鑑別診断候補に加えるべきと考えられた.

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ハンドウイルカにおけるボリコナゾールの治療薬物濃度モニタリングの1例

2012年 第38回海獣技術者研究会

展示課 岩尾 一,加藤 結,鶴巻 博之

広域アゾール系抗真菌薬のボリコナゾール(VCZ)は人では個人間での代謝速度の変異が大きいため, 治療失敗や副作用回避のための治療薬物濃度モニタリング(TDM)が推奨されている. 海獣ではVCZ代謝が極端に遅いため, 海外では7-14日間隔での間欠投与が推奨されている.

内視鏡検査, 胃液および前胃壁生検サンプルの培養と細胞診で, Candida glabrata感染による前胃炎と診断し, VCZを投与したハンドウイルカ(200kg, 雌)でのTDMの結果を報告する. VCZは2mg/Kg, 1日2回で, 1, 2, 3, 10, 17, 27日目に経口投与した. VCZ投与開始後, 30日目以降の複数回の内視鏡観察で前胃壁の病変も改善し, 培養検査でもC. Glabrataの発育が陰性化したため, VCZ投与は27日目の投与をもって終了した. 以後, 再発は見られていない. TDMは, 4, 7, 10, 17, 24, 27, 32, 37, 42日目の給餌前に採取した血液中のVCZ濃度を測定して行った. 各日の血中VCZ濃度は, それぞれ5.74, 3.76, 2.63, 2.61, 1.13, 1.5, 3.32, 1.02, 0.8ug/Mlであり, バンドウイルカでのVCZ半減期は約7日程度と長いことが確認された. 治療期間中を通じて, VCZの血中濃度は至適濃度を達成していた. 血液検査上は治療期間後半に肝酵素値の軽度上昇が見られたものの(投与前よりASTは約30%, ALTは約40%上昇), 投与期間中を通じて顕著な臨床上の異常は認めず, 効率的かつ安全なVCZ投与を達成できたと考えられた. また, 1.0ug/Ml程度と予想した27日目の血中濃度が1.5ug/Mlとやや高値となったのは, 体内でのVCZの蓄積も理由のひとつとして疑われた.

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アオウミガメChelonia mydasのビタミンD欠乏症の一例

2012年 第18回日本野生動物医学会

展示課 岩尾一, 澁谷こず恵

【序】
代謝性骨疾患(MBD)は, 飼育下の爬虫類で好発する疾患であり, ビタミンD欠乏症, カルシウムの摂取不足, リンの過剰摂取, 腎不全等が原因となる. ビタミンDの欠乏要因としては, 経口からの摂取不足, 紫外線不足による体表での合成不良がある(Ulirey, 2003).飼育下のアオウミガメ Chelonia mydas が, ビタミンD欠乏症によるMBDと確定診断されたので, その臨床経過を報告する.

【症例】
屋内にて紫外線照射を行わず飼育していた野生由来のアオウミガメ(搬入時直標準甲長:69.4cm, 体重:50.2kg)が搬入後約23ヶ月目ごろより, 食欲不振, 元気消失, 浮遊姿勢の異常の症状を呈したため, 別水槽に隔離し, 診察を行った(第1病日). 身体検査では削痩, 橋部および背甲の軟化, 甲板境界部での結合組織の脱落, 成長線の消失,古い甲板の脱落不良が明らかになった. 血液検査では血中カルシウム値の軽度低下のほかに著変を認めなかった. 飼育履歴と臨床症状からMBDを疑い,爬虫類用紫外線灯の設置を第2病日より行った. 第5病日より摂餌が回復してからは, 炭酸カルシウム剤の経口投与(餌のマアジ500gにつき150-300mg, PO)を開始した. 第2病日の凍結保存血清中の25-OH-ビタミンD濃度は検出限界値未満(<0.5ng/Ml)であり, ビタミンD欠乏症と確定診断されたため, 第17病日よりはコレカルシフェロールの投与(400IU/Kg, IM, Q14day.2)も行った. 第156病日の採血時には, 血中25-OH-ビタミンDの値は25ng/Mlまで回復し, 甲羅の異常も改善傾向である.

【考察】
ビタミンDの摂取経路は, 経口と紫外線による体表での合成の主に2つあるが, どちらかのみに依存した動物種もある(前者の代表は哺乳類の食肉目, 後者は爬虫類のイグアナ)(Ulrey,2003).カメ類における経口でのビタミンD吸収能を調べた事例はないものの, 経験的にはウミガメ類では紫外線照射を行わなくとも屋内飼育が可能であることから, 餌に含有されるビタミンDを摂取することで最低限のビタミンD要求は満たせるものと思われる. 特に海産魚はビタミンDを豊富に含む(Bernard And Allen, 2002).事実, 本症例個体と同水槽で飼育されていた同種他個体(N=3)については,甲羅の成長線もはっきり確認でき, ビタミンD欠乏症を疑う症状は現れていなかった. しかし, 屋内飼育下のアオウミガメは, 野生もしくは屋外飼育個体よりも血中25-OH-ビタミンDが低値を示すという報告が増えており(Purgleyet Al., 2009; Stringeret Al., 2010),紫外線照射も重要な要素であるようだ.

症例個体は, 同居していた他個体に餌を奪われがちで, 十分な摂餌が行えていなかった様子が発症数ヶ月前から見られていた. 紫外線照射がなく, ビタミンDの供給が餌由来に限られている状況で, さらに餌からのビタミンD摂取も制限され, ビタミンD欠乏症を発症したものと考えられた.

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