調査・研究

研究会発表 抄録集

高齢かつ両眼を失明したミナミイワトビペンギンの飼育管理

2024年 JAZA 関東東北・北海道ブロック動物園水族館合同技術者研究会

展示課 榊原陽子

 ペンギンは個体間闘争で眼の怪我を負いやすく,また高齢個体では白内障もよく見られる.怪我や白内障による視力低下,失明が起きると,歩行頻度や遊泳頻度の低下も生じ,陸上で立って静止することが多くなり足底部に圧力がかかり続けるため,趾瘤症も合併しやすい.
 現在,新潟市水族館で飼育しているミナミイワトビペンギンEudyptes chrysocomeは1993年生まれの一羽のみである.本個体は同居していたフンボルトペンギンの攻撃により,2001年5月に右眼を失明,左眼も白内障により徐々に視力が低下した.フンボルトペンギンから頻繁に攻撃を受けたり,側溝に落ちる頻度が増加したりしたため,2017年6月から非展示エリアでの単独飼育に切り換えた.
 単独飼育後は,長時間,同一場所で立っていたり,直径50 cm程度の範囲内を周回したりするなどの行動が見られ,趾瘤症の発症と悪化が生じた.当初,趾瘤症のケアとして床材はポリプロピレン製スノコや人工芝を使用したが改善は見られなかった.また患部へのワセリン塗布も多少効果があったものの,完治せず再発に至った.他施設のケープペンギンでの趾瘤症治療事例を参考に,2022年9月より,人工芝を重ね合わせ,ランダムな起伏を設けたところ,9か月後の2023年6月には趾瘤症が完治した.また,起伏を設けたことにより,運動範囲や入水頻度の増加が見られた.失明による歩行頻度や運動範囲の低下によって生じた趾瘤症が,床材の人工芝に起伏をつけたことで,安静時および歩行時の足底部に掛かる圧力が分散しやすくなったことで自己治癒が進んだものと思われる.今後は科学的な評価も取り入れ,福祉レベルの向上に努めていきたい.


ハンドウイルカとカマイルカにおける単回経口投与時の血中アモキシシリン濃度推移

2023年 第29回日本野生動物医学会大会

久保田隆廣,廣瀬侑莉,元井優太朗(新潟薬科大学薬学部)
岩尾一(新潟市水族館)

【背景・目的】
 ペニシリン系抗菌薬であるアモキシシリン (AMPC) は, ブドウ球菌属やレンサ球菌属などに適応があり, 殺菌的に作用する. その薬力学的パラメータは最小発育阻止濃度 (minimum inhibitory concentration; MIC) を超える持続時間をあらわす time above MIC (TAM) であり, 起炎菌に対して MIC 以上で有効性を示す. イルカにおける AMPC 推奨投与量は確立されておらず, その治療効果は投与量に影響されやすいため, 適切な投与設計が望まれる.
本研究では, ハンドウイルカとカマイルカ由来の血清を用いた AMPC 定量分析法を確立し, それぞれの血中薬物動態を解析することを目的とした.
【検体と実験方法】
 新潟市水族館マリンピア日本海 (新潟市) にて飼育されている 2 頭のハンドウイルカTursiops truncatusと 3 頭のカマイルカLagenorhynchus obliquidens, 計 5 頭から採血した薬物動態解析用の 16 検体を用いた. すなわち, AMPC を投与した 0.25, 0.3, 0.33, 0.5, 1.0, 2.0, 4.0 および 6.0 時間後に採血し, 血液を速やかにプレーン採血管に分注後, 冷凍下(-30℃)にて保管した.
高速液体クロマトグラフィー用分析カラム InertSustain AQ-C18 (5 µm, ϕ4.6 × 150 mm) を使用し, 測定波長 228 nm, 流速 1.0 mL/min およびリン酸緩衝液系の移動相を用いて分析をおこなった.
【結果と考察】
 ハンドウイルカの個体 A に対する AMPC 投与量は 10 mg/kg, それ以外の個体 C, ならびにカマイルカ I, T および M に対しては倍量 20 mg/kg にて実施した. AMPC 血中濃度の最低値は, A に対する投与後 0.3 時間値 0.5 mg/L, 最高値は T の投与 1 時間後の 18.2 mg/L であった. ハンドウイルカにおいては, 投与後 2 時間で最高血中濃度到達時間(Tmax)に達し, 半減期(t1/2)は 1.3 時間であることを確認した. なお, A の倍量投与にあたる C の最高血中濃度(Cmax)は 2 倍高い値を示した. 一方, カマイルカの Tmax は投与後 1 時間であり, Cmax は C のそれとほぼ同程度であった. また, T の血中濃度推移から求めた t1/2 は, 1.6 時間とハンドウイルカのそれとほぼ同じであった.
ヒト健常成人にサワシリン® カプセル 250 mg(力価)を空腹時単回投与した際, その薬物動態パラメータは Tmax が 2 時間, t1/2 はおおよそ 1 時間と報告されおり, 上述したイルカにおける AMPC 薬物動態パラメータと同程度であることが明らかとなった. 今後は, 血中 AMPC 動態パラメータに基づく個体差や種差の検証に取り組みたい.


フンボルトペンギン肝ミクロソームに局在する薬物代謝酵素シトクロム P450 様抗原検出系の確立

2023年 第29回日本野生動物医学会大会

獣医師 岩尾一

【背景と目的】
 薬物代謝能を把握するためは,cytochrome P450(CYP)の活性を知ることが重要である.抗菌薬・抗真菌薬など数多くの薬剤は,おもに肝臓や小腸における CYP による代謝活性を考慮して投与される.ヒトにおける CYP の代表例は CYP3A4 をはじめ, 2C9/19,2D6 および 1A2 などが挙げられ,その割合は多い順に 3A4 が約 30%,2C9/19 が約 20%,1A2 が約 13% および 2D6 が約 1% と報告されている.一方,ヒト以外の動物ではこれらの構成比に関する情報が限られている.
 本研究では,ヒト CYP に対する定性分析法がペンギンの肝組織にも応用できるかについて検討をおこない,フンボルトペンギン由来の肝組織を用いて CYP 構成比を解析することを目的とした.
【検体と実験方法】
 葛西臨海水族館(東京都)とマリンピア日本海(新潟県)から供与されたフンボルトペンギンSpheniscus humboldti死亡個体 6 羽の肝組織から調製した検体を対象とした.すなわち,各肝細胞 1 g に対して Microsome isolation kit(アブカム株式会社)を用いてホモジネートをおこない,計 6 検体の肝ミクロソームを得た.また,Bradford 法を用いて各検体の総タンパク量を定量した.
 各検体で 7.5% SDS ポリアクリルアミド電気泳動をおこなったのち,ヒト CYP に対する特異抗体を用いて western blotting を実施した.すなわち,ウサギ由来抗ヒト CYP ポリクローナル抗体を用いて一次反応を,次にペルオキシターゼ標識抗ウサギ抗体を用いて二次反応をおこない,3, 3´, 5, 5´-tetramethylbenzidine により検出した.
【結果と考察】
 対照検体として用いたヒト CYP3A4 は,54 kDa 付近に陽性反応を示した.フンボルトペンギン由来の検体では 6 検体中 4 検体に 54 kDa と 50 kDa に陽性反応を,ほかの 2 検体については 50 kDa のみ陽性を示した.また,ヒト CYP2C9 では 50 kDa に反応を示したのに対して,検体ではより分子量の大きい 64 kDa に陽性反応を示した.しかし,ヒト CYP2D6 と 1A2 においては陰性であった.これらのことから,フンボルトペンギンがヒト CYP3A4 や 2C9 と同様の免疫反応を示す薬物代謝酵素を持つことが明らかとなり,さらには, 個体ごとに保有する CYP 分子量が異なる可能性が示唆された.
 今後は同検体の定量分析をおこない,CYP 構成比の検証をおこなうとともに,別種やほかの動物に対して同様の解析を取り組みたい.


水族館での環境教育の進め方 〜課題と展望〜

2023年 第10回水族館シンポジウム

学びのデザイン課 大和淳

● 問題意識(課題)
 問題意識として、大きく5つの問題意識を持っている。

① 水族館(動物園でも)の機能として環境教育があるとされている。「環境教育の目的は、持続可能な社会の構築に参加する人間を育てること」(阿部・降旗, 2012)であるが、この目的に資する役割を水族館が担うためにはどうしたら良いか、というのが1つ目の問題意識である。
② 教育の対象者について、小中学生や親子を対象としているものが多いと思われる。発表者は以前より、環境教育は環境問題を扱い、その環境問題は喫緊の問題であるため、環境教育はまず現在の意思決定者である大人を対象に行う必要があると考えている。また、障がい者など社会を構成しているすべての人を対象とすることも重要と考えている。この対象者問題と対象者に合わせた教育内容が2つ目の問題意識である。
③ 体験型のプログラムとして環境教育的なプログラムを実施している園館は多いと思われるが、「展示」に環境教育の目的までを意図して埋め込んでいるところはまだ少ないのではないだろうか。常設の展示があってこその水族館であることから、この展示における環境教育をどう進めるか、が3つ目の問題意識である。
④ 環境教育・保全教育・ESD・SDGsなど、似たような用語がたくさんあり、若干混乱することがあるのではないだろうか、というのが4つ目である。
⑤ 水族館での環境教育についての研究が少ない。また、水族館での教育プログラムの評価の仕方についての研究も少ない。これは発表者自身の反省を込めて、5つ目の問題意識である。
これらの問題意識について、先行研究や実践例などを通して考えたい。

● 未来への展望
 上にあげた問題意識について考えること、研究することは、これからの水族館での環境教育を進める上で重要だと考えている。
 水族館の使命は「生物多様性の保全を中核とした持続可能な社会を作ることへの貢献」(大和,2023)だと考えられる。そのための視点として、「経験による学び」「地域に根ざした教育」「インクルーシブ教育」が重要になってくるのではないだろうか。


水産研究機関との連携によるアカムツ研究への取り組み

2023年 第10回水族館シンポジウム

新田誠(新潟市水族館)
八木佑太(水産研究・教育機構水産資源研究所)
飯田直樹,福西悠一(富山県農林水産総合技術センター水産研究所)

 アカムツは、水深100~300mに生息するホタルジャコ科アカムツ属の深海性の魚である。新潟県では県推進ブランド、新潟市では全国に誇る銘産品に指定されるなど、新潟で一押しの魚である。新潟市水族館では、2008年から本種の展示を目的とした採集活動を行い、2010年に天然個体による人工授精で世界初となる受精卵の入手に成功した。その後育成に取り組み、2012年までの3年間で20日齢までの育成に至ったが、稚魚期までの育成条件の解明には至らなかった。2013年には、本種の初期生態の調査を行っていた水産研究・教育機構水産資源研究所(以下、資源研)、親魚育成に取り組んでいた富山県農林水産総合技術センター水産研究所(以下、富山水研)と連携して育成条件の解明に取り組むこととなり、2013年に稚魚223個体の育成に成功、2014年に若魚の常設展示を実現させた。2017年からは水産庁委託事業へ参画することとなり、現在まで「アカムツ親魚養成技術の開発」を担当している。本事業での当館の役割は、魚の長期飼育技術および深海魚を飼育できる設備を保有している利点を生かし、長期飼育による本種の繁殖生態を解明することである。
アカムツを稚魚期まで育成できた要因は、水産研究機関と連携したことが挙げられる。一つ目は、資源研が保有していた天然海域での仔稚魚の分布水温のデータを解析する機会を得られたことにある。これを参考に、繁殖期の産卵海域での鉛直的な水温を自記式のデータロガー(水温塩分水深計)で測定し、得られたデータを育成条件に反映させることができた。二つ目は、種苗生産技術に長けている富山水研の研究者と迅速に情報交換ができる環境にあったことである。育成途中に仔魚に現れた異常行動に関して、育成環境の改善方法を共有し、改善に即座に対応できたことが挙げられる。
2023年度の水産庁委託事業「さけます等栽培対象資源対策委託事業新規栽培対象種技術開発(魚類甲殻類)」へ参画している水産研究機関は8機関で、親魚養成の対象となっている魚種はアカムツ、キンメダイ、アカアマダイ、シロアマダイの4種である。採卵研究を目的とした天然親魚の生体確保が難しい魚種に関しては、水族館の持つノウハウを助言するなど,協力体制を構築して研究を実施している。水族館職員には展示飼育用務が課せられており、その中で研究活動の時間を確保することは容易ではないが、水産研究機関の持つ生産技術、天然海域で得られるデータ(水温、塩分、生体の分布状況等)の共有ができるなど、連携により得られる利点は多い。水族館関係者には水産研究機関と連携した研究への取り組みを勧めたい。


新潟市水族館で冬季に取り扱ったウミガメ類の漂着状況とその対応

2023年 第34回日本ウミガメ会議

展示課 石澤佑紀,岩尾一

 1990年の開館から現在までの33年間で、新潟市水族館では86例のウミガメの漂着・混獲事例を扱った。そのうち、73例(84.8%)が、海水温の低い冬季(10月から4月)の死亡もしくは低体温症での漂着事例である。種の内訳はアカウミガメ、アオウミガメ、タイマイ、ヒメウミガメ、オサガメ、交雑個体(アカ×タイマイ)、種不明がそれぞれ38、15、10、5、3、1、1例であった。冬季の漂着時、生存していた個体は24個体でそのうち13個体が回復し、後に放流に至っている(表1)。
 冬季に生存漂着したウミガメは低体温症にほぼ陥っている。低体温症の個体では脱水、肺炎、栄養不良、外傷を伴いやすいため、低体温症自体の治療に加え、これらの合併症の治療も必要となる。ウミガメは眼窩上縁にある塩類腺から、濃縮した塩類を排泄することで、海水を飲んでも体内の浸透圧、水和状態を維持している。しかし、塩類腺の機能は体温に依存している。そのため、低体温症の個体の大半が、塩類腺の機能の低下から脱水症状、電解質異常を合併している。
 低体温症の個体の搬入時は、甲長、体重、直腸温を測定後、眼球・肛門の接触刺激時の反射反応での生命反応、眼球陥没状況からの脱水症状、レントゲンもしくは濡れタオル越しの聴診での呼吸器疾患の有無を評価している。可能な場合には、頚静脈からの採血での血液検査も行い、貧血、生化学値の異常の有無も評価している。
 低体温症の個体は急激な体温上昇を起こさないよう、体温より1-2℃高い水温に浸し、一日あたり最大5℃までの体温上昇となるような気温の部屋に収容する。自力遊泳が困難な場合には、溺れないよう甲羅の半分程度までの水深とし、頭の下に丸めたタオルなどを設置している。脱水症状が顕著な個体については、海水:淡水=1:2-3程度の汽水でしばらく管理し、自発飲水による水和を促している。状況によっては、皮下もしくは静脈輸液を併用することもある。ブドウ糖が入った輸液製剤は高血糖症の発生や予後の低下が近年、報告されてきたため1, 2, 3、現在は使用していない。
 感染症の懸念がある場合には、爬虫類ではグラム陰性菌が関与することが多いため、初期投与には、グラム陰性菌用の抗菌薬であるキノロン系もしくはセフタジジムを使用している。誤嚥性肺炎など、嫌気性菌の関与も疑われる場合にはメトロニダゾール、ペニシリン系の抗菌薬を併用することもある。
 体温、脱水状態、感染症がコントロールされれば、多くの場合、魚肉、エビ、イカなどの自発摂餌がまもなく始まるが、重度の感染症や外傷、極端な栄養不良状態の個体では自発摂餌が起きにくい。その場合は、必要に応じて、流動食をチューブで胃内に強制給餌している。流動食は、養殖魚用配合飼料をふやかし、消化酵素で処理したものを使用している。ウミガメの食道から胃の解剖構造は通常のカメ類とやや異なり、胃内にチューブで投与しても、流動食の逆流を起こしやすい。誤嚥防止のため、流動食の投与時はカメの上半身を45-90°の角度に持ち上げ、処置後はしばらくその姿勢を維持するなどの対策を講じている。


高ナトリウム・高クロール血症および高脂血症を呈したカマイルカ Lagenorhynchus obliquidens における静脈輸液治療

2023年 第29回日本野生動物医学会大会

獣医師 岩尾一

【序】高ナトリウム血症, 高クロール血症は, 摂餌不良, 脱水等の背景がある鯨類でよく見られる症状である. 家畜同様, 飼育下鯨類においても, 電解質異常の治療には静脈輸液が一般に行われているが, 経過の十分な記載例は少なく,輸液量, 輸液速度, 輸液剤の選択は経験に大きく依存しているのが現状である. 高ナトリウム血症, 高クロール血症および高脂血症を呈したカマイルカで静脈輸液処置を行った結果を報告する.
【症例および臨床経過】2023年2月14日(1病日), 砂浜に座礁したカマイルカ(雄, 85 kg, BCS 4/4)を保護. 遊泳困難なため水深の浅い簡易プールで管理した. 収容時の血液検査で強い炎症反応があった以外, その他の検査所見に顕著な異常はなかった.2病日から自発摂餌(約 4 kg/日)をしていたが, 8病日から摂餌量が減少し出すと(約1-3 kg/日),血中ナトリウム(Na), クロール(Cl)および中性脂肪(TG)の上昇傾向も出現した. 30病日にはNa, Cl, TGはそれぞれ170 mEq/L,140 mEq/L, 505 mg/dlに達し, 体重減少も進んでいた(60 kg, BCS 1/4). そのため, 静脈輸液治療を30病日から開始した. 1日の目標輸液量は, 以下の式から水分欠乏量(L)を推定して,決定した.体内水分量(TBW)=体重(kg)×0.7(除脂肪体重係数)×0.7(除脂肪体重中の水分係数), 水分欠乏量(L)=TBW×(当日のNa値/155-1). 目標とする輸液速度とNa補正速度はそれぞれ5-10 ml/kg/h, 1.0-2.0 mEq/L/h として, 輸液製剤を適宜選択した. 輸液処置は, タンカでの保定下で背鰭もしくは尾鰭の静脈を使用して行った. 輸液処置を開始した翌日から Na, Cl, TGの改善が見られ, また自発摂餌量も増加した(約4-5 kg/日). 輸液処置は30-39病日, 43病日に実施し, Na・Cl, TGの正常化はそれぞれ43, 82病日に確認した. 一日の輸液量, 輸液時間, 輸液速度, 推定Na補正速度の平均値±標準偏差はそれぞれ1.6±0.4(L), 3.3±0.8(h), 8.2±1.8(ml/kg/h), 1.71±0.72(mEq/L/h)であった. 43病日以降の摂餌量は5-6 kg/日に増加, 運動能力の回復も進み, 82病日には放流に至った.
【考察】家畜の高ナトリウム血症の静脈輸液治療では, 急激なNa補正に伴う脳浮腫予防のため, Naの補正速度は, 24時間あたり10-12 mEq/L程度(約0.5 mEq/L/h)が推奨されている. しかし, 鯨類の飼育現場では人員, 時間, 動物の行動抑制等が制限要因となり, 静脈輸液によるNa補正は, 一日一回、数時間のうちに1.0-2.0 mEq/L/h程度の速度での補正がよく行われている. 本症例も同様の速度で処置を行い, 特段の問題は見られなかったが, 安全性については今後も検証を続けていく必要がある. Na, Clの高値に随伴してTGの高値が出現した. 輸液処置によるNa, Clの改善と連動してTGも低下したことから, TGの高値は水分欠乏に伴う代謝状態を反映したものと考えられるが, 機序については明確ではなく, 今後, 類似の他症例との比較が必要である.


ウミガラスの人工育雛の一例

2023年 JAA 第4回水族館研究会

展示課 平山結,岩尾一,前田綾子,川口顕良多,山田篤

 ウミガラスUria aalgeはチドリ目ウミスズメ科に属する海鳥で,北半球の亜寒帯の海に分布する.繁殖期は5~8月で集団繁殖し,巣は作らず,岩の上などに直接産卵する.平均抱卵日数は33日で,雛は生後約22日で営巣地から水上に飛び降りて巣立ち,しばらくは海上で親の世話を受ける.当館では,2021年3月に葛西臨海水族園から5羽を導入し,飼育を開始した.2023年6月12日に産卵があった.産卵から3日目に卵が2回水中に落下したため,人工孵化に移行した.卵は温度37.4℃に設定した自動転卵装置付き小型孵卵器(昭和フランキ社,ベビーB型)に収容し,放冷を1日2回各回5分間実施した.孵化後は,親が育雛しないと判断したため,人工育雛を実施した.国内のウミガラスの人工孵化・人工育雛技術は葛西臨海水族園によりほぼ確立されていて,給餌量,体重増加の目標,飼料は葛西臨海水族園,ふくしま海洋科学館の過去のデータを参考にした.1日齢から,プラスチック製コンテナ(W65 cm×D45 cm×H32 cm)に保温電球を設置した自作の育雛箱に雛を収容した.巣立ちまでに,育雛温度を展示水槽と同じにするために,1~8日齢までは育雛箱をバックヤードに置き30℃から25℃まで下げ,9~39日齢まではウミガラス予備水槽陸場に移動し25℃から20℃まで下げた.餌は,1~16日齢まではワカサギとマイワシ,17~19日齢まではワカサギとマイワシに加えてイカナゴ切り身,20日齢から巣立ちまではワカサギとマイワシ切り身を, 7時30分から19時30分までの間に3-4回手差しと置き餌で与えた.2日齢よりビタミン剤(Mazuri® 5TLC)をビタミンE 50-100 IU/kg(餌重量)となるように毎日与え,21日齢よりカルシウム不足予防のため,炭酸カルシウムを1日あたり62.5 mg与えた.雛の体重は各給餌前に計測した.育雛16日目から,増体率(%)=(当日の初回給餌前の体重(g)-前日の初回給餌前の体重(g))÷(前日の初回給餌前の体重(g))×100,同化率(%)=(当日の初回給餌前の体重(g)-前日の初回給餌前の体重(g))÷(前日の総摂餌量(g))×100を毎日算出した.産卵35日目で孵化し,育雛期間は39日間であった.体重は,孵化時の65 gから,巣立ち時(39日齢)の344 gまで増加した.イカナゴを17日齢~19日齢まで給餌すると,便性状の悪化,吐き戻し,活性の低下,増体率・同化率の低下があった.野生下の雛が摂取するイカナゴは全長10~13 cmのサイズが主体と報告されている.今回使用したイカナゴはそれより大きかったため,消化不良を起こしたと思われる.増体率・同化率を求めることで,イカナゴ給餌時の消化不良に早期に気づき,対応することができた.人工育雛では,雛の状態観察とともに,増体率・同化率を求めることが重要であると思われる.


カマイルカの飼育下繁殖4例における出生時の対応と成長の比較

2023年 JAZA 第49回海獣技術者研究会

展示課 渡邉拓也,岩尾一,松本輝代,小川みはる,石田茉帆,石川訓子

 新潟市水族館マリンピア日本海では,2019年から2022年の4年間に,カマイルカLagenorhynchus obliquidensの繁殖が毎年1例ずつ,計4頭の出産があった.本種の出生後早期の成長に関する情報は少ないため,4例の繁殖時の対応,および出生個体の成長について比較した.4例ともに出産施設は,略長方形(長辺14m,短辺7.5m,水深2.7-3m,水量300㎥)の屋内展示水槽で,出産予定日の2ヵ月程前に集水枡や吐水口,はしご等の水中構造物にトリカルネットとポリ塩化ビニル管で作製したガードを設置した.母獣に対しては,出産から育子に亘る過程で,飼育者の補助的な介入や,環境の変化等の新奇刺激に対する不適切な反応を回避する目的で,子獣が壁に衝突することを防ぐための専用の棒とフィンを持った飼育者の動きに対する脱感作,子獣に対する母獣の誘導を妨げないように投餌による給餌のトレーニングを行った.体温が低下した日からは単独飼育とし,24時間観察を行った.出産時の4例のデータ(出産日,分娩時間,性別,体長)は,No.1(2019年7月29日,46分,雄,104cm),No.2(2020年8月4日,2時間13分,雄,95cm), No.3(2021年7月13日,1時間56分,雌,93cm),No.4(2022年8月9日,3時間18分,雌,103cm)であった.出産直後は子獣の遊泳が安定するまで,飼育者が専用の棒とフィンを用いて壁への衝突防止対応を2-7時間行った.初授乳は13時間30分-17時間後に確認され,自発摂餌は32-88日齢から始まった.母子の状態に即応するために,24時間観察は11-21日間継続した.子獣の体長は並泳する母獣の実測値から算出した概算で,365日齢での体長は,No.1,190cm,No.2,171cm,No.3,171cm,No.4,183cmであり,2023年9月25日現在も4頭ともに生存している.授乳時間と回数,子獣の摂餌量等の比較と行動観察を綿密に行うことは,生後1年以上の生存に有益であると考えられる.


座礁したカマイルカの保護と放流

2023年 JAZA 第49回海獣技術者研究会

展示課 石田茉帆,岩尾一,石川訓子

 2023年2月14日,新潟市西区五十嵐浜に座礁したカマイルカLagenorhynchus obliquidens(雄,体長185cm,体重85kg)を保護した.屋内に設置した円形簡易プール(直径366cm,水深76cm,水量8㎥)に収容した.搬入時に大きな外傷はなかったが,血液検査で強い炎症反応,尾部の右屈曲と硬直,姿勢維持の困難が認められたため,24時間体制での介助を8日間実施した.9日目に自発遊泳を期待し,屋内プール(14m×7.5m,水深3m,水量300㎥)に移動したが,遊泳不良から沈降した.再度簡易プールに収容したが姿勢維持が再び困難になり,監視不在の夜間は担架に収容して管理した.11日目より重症肺炎を発症し,摂餌量の減少,削痩が進行したため,29日目より静脈輸液治療を計13日間実施した.最低給餌量を4kgに設定し,それに満たない場合は強制給餌を行った.体位の平衡と浮力維持,自立した遊泳の回復を目的に,32日目から自作した遊泳補助具を装着,34日目から尾部の硬直改善のため,マッサージや尾柄の上下運動の機能訓練などを並行して行ったところ,約10日間で自発的な上下運動が開始された.56日目以降は再度屋内プールに移動し,呼吸,姿勢維持および尾柄の上下運動を確認しながら,段階的に補助具を外した.また,他個体との同居も行い,個体干渉による刺激を与え,75日目には補助具無しでの遊泳が可能となった.高速遊泳やブリーチ,水深3mへの潜水が見られたことから十分に運動能力が回復したと判断し,82日目に長岡市寺泊港2-3km沖で漁業者の協力のもと放流した.座礁個体の保護は,検疫上,飼育個体との隔離を前提とした収容施設の確保が難しく,人的負担も大きいうえ,慎重かつ迅速な対応が必要である.また,外部機関への報告や手続きなど円滑な対応が求められる.本件は座礁個体に対する今後の最適な保護に資する事例となった.


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