調査・研究

研究会発表 抄録集

水族館での環境教育の進め方 〜課題と展望〜

2023年 第10回水族館シンポジウム

学びのデザイン課 大和淳

● 問題意識(課題)
 問題意識として、大きく5つの問題意識を持っている。

① 水族館(動物園でも)の機能として環境教育があるとされている。「環境教育の目的は、持続可能な社会の構築に参加する人間を育てること」(阿部・降旗, 2012)であるが、この目的に資する役割を水族館が担うためにはどうしたら良いか、というのが1つ目の問題意識である。
② 教育の対象者について、小中学生や親子を対象としているものが多いと思われる。発表者は以前より、環境教育は環境問題を扱い、その環境問題は喫緊の問題であるため、環境教育はまず現在の意思決定者である大人を対象に行う必要があると考えている。また、障がい者など社会を構成しているすべての人を対象とすることも重要と考えている。この対象者問題と対象者に合わせた教育内容が2つ目の問題意識である。
③ 体験型のプログラムとして環境教育的なプログラムを実施している園館は多いと思われるが、「展示」に環境教育の目的までを意図して埋め込んでいるところはまだ少ないのではないだろうか。常設の展示があってこその水族館であることから、この展示における環境教育をどう進めるか、が3つ目の問題意識である。
④ 環境教育・保全教育・ESD・SDGsなど、似たような用語がたくさんあり、若干混乱することがあるのではないだろうか、というのが4つ目である。
⑤ 水族館での環境教育についての研究が少ない。また、水族館での教育プログラムの評価の仕方についての研究も少ない。これは発表者自身の反省を込めて、5つ目の問題意識である。
これらの問題意識について、先行研究や実践例などを通して考えたい。

● 未来への展望
 上にあげた問題意識について考えること、研究することは、これからの水族館での環境教育を進める上で重要だと考えている。
 水族館の使命は「生物多様性の保全を中核とした持続可能な社会を作ることへの貢献」(大和,2023)だと考えられる。そのための視点として、「経験による学び」「地域に根ざした教育」「インクルーシブ教育」が重要になってくるのではないだろうか。


水産研究機関との連携によるアカムツ研究への取り組み

2023年 第10回水族館シンポジウム

新田誠(新潟市水族館)
八木佑太(水産研究・教育機構水産資源研究所)
飯田直樹,福西悠一(富山県農林水産総合技術センター水産研究所)

 アカムツは、水深100~300mに生息するホタルジャコ科アカムツ属の深海性の魚である。新潟県では県推進ブランド、新潟市では全国に誇る銘産品に指定されるなど、新潟で一押しの魚である。新潟市水族館では、2008年から本種の展示を目的とした採集活動を行い、2010年に天然個体による人工授精で世界初となる受精卵の入手に成功した。その後育成に取り組み、2012年までの3年間で20日齢までの育成に至ったが、稚魚期までの育成条件の解明には至らなかった。2013年には、本種の初期生態の調査を行っていた水産研究・教育機構水産資源研究所(以下、資源研)、親魚育成に取り組んでいた富山県農林水産総合技術センター水産研究所(以下、富山水研)と連携して育成条件の解明に取り組むこととなり、2013年に稚魚223個体の育成に成功、2014年に若魚の常設展示を実現させた。2017年からは水産庁委託事業へ参画することとなり、現在まで「アカムツ親魚養成技術の開発」を担当している。本事業での当館の役割は、魚の長期飼育技術および深海魚を飼育できる設備を保有している利点を生かし、長期飼育による本種の繁殖生態を解明することである。
アカムツを稚魚期まで育成できた要因は、水産研究機関と連携したことが挙げられる。一つ目は、資源研が保有していた天然海域での仔稚魚の分布水温のデータを解析する機会を得られたことにある。これを参考に、繁殖期の産卵海域での鉛直的な水温を自記式のデータロガー(水温塩分水深計)で測定し、得られたデータを育成条件に反映させることができた。二つ目は、種苗生産技術に長けている富山水研の研究者と迅速に情報交換ができる環境にあったことである。育成途中に仔魚に現れた異常行動に関して、育成環境の改善方法を共有し、改善に即座に対応できたことが挙げられる。
2023年度の水産庁委託事業「さけます等栽培対象資源対策委託事業新規栽培対象種技術開発(魚類甲殻類)」へ参画している水産研究機関は8機関で、親魚養成の対象となっている魚種はアカムツ、キンメダイ、アカアマダイ、シロアマダイの4種である。採卵研究を目的とした天然親魚の生体確保が難しい魚種に関しては、水族館の持つノウハウを助言するなど,協力体制を構築して研究を実施している。水族館職員には展示飼育用務が課せられており、その中で研究活動の時間を確保することは容易ではないが、水産研究機関の持つ生産技術、天然海域で得られるデータ(水温、塩分、生体の分布状況等)の共有ができるなど、連携により得られる利点は多い。水族館関係者には水産研究機関と連携した研究への取り組みを勧めたい。


新潟市水族館で冬季に取り扱ったウミガメ類の漂着状況とその対応

2023年 第34回日本ウミガメ会議

展示課 石澤佑紀,岩尾一

 1990年の開館から現在までの33年間で、新潟市水族館では86例のウミガメの漂着・混獲事例を扱った。そのうち、73例(84.8%)が、海水温の低い冬季(10月から4月)の死亡もしくは低体温症での漂着事例である。種の内訳はアカウミガメ、アオウミガメ、タイマイ、ヒメウミガメ、オサガメ、交雑個体(アカ×タイマイ)、種不明がそれぞれ38、15、10、5、3、1、1例であった。冬季の漂着時、生存していた個体は24個体でそのうち13個体が回復し、後に放流に至っている(表1)。
 冬季に生存漂着したウミガメは低体温症にほぼ陥っている。低体温症の個体では脱水、肺炎、栄養不良、外傷を伴いやすいため、低体温症自体の治療に加え、これらの合併症の治療も必要となる。ウミガメは眼窩上縁にある塩類腺から、濃縮した塩類を排泄することで、海水を飲んでも体内の浸透圧、水和状態を維持している。しかし、塩類腺の機能は体温に依存している。そのため、低体温症の個体の大半が、塩類腺の機能の低下から脱水症状、電解質異常を合併している。
 低体温症の個体の搬入時は、甲長、体重、直腸温を測定後、眼球・肛門の接触刺激時の反射反応での生命反応、眼球陥没状況からの脱水症状、レントゲンもしくは濡れタオル越しの聴診での呼吸器疾患の有無を評価している。可能な場合には、頚静脈からの採血での血液検査も行い、貧血、生化学値の異常の有無も評価している。
 低体温症の個体は急激な体温上昇を起こさないよう、体温より1-2℃高い水温に浸し、一日あたり最大5℃までの体温上昇となるような気温の部屋に収容する。自力遊泳が困難な場合には、溺れないよう甲羅の半分程度までの水深とし、頭の下に丸めたタオルなどを設置している。脱水症状が顕著な個体については、海水:淡水=1:2-3程度の汽水でしばらく管理し、自発飲水による水和を促している。状況によっては、皮下もしくは静脈輸液を併用することもある。ブドウ糖が入った輸液製剤は高血糖症の発生や予後の低下が近年、報告されてきたため1, 2, 3、現在は使用していない。
 感染症の懸念がある場合には、爬虫類ではグラム陰性菌が関与することが多いため、初期投与には、グラム陰性菌用の抗菌薬であるキノロン系もしくはセフタジジムを使用している。誤嚥性肺炎など、嫌気性菌の関与も疑われる場合にはメトロニダゾール、ペニシリン系の抗菌薬を併用することもある。
 体温、脱水状態、感染症がコントロールされれば、多くの場合、魚肉、エビ、イカなどの自発摂餌がまもなく始まるが、重度の感染症や外傷、極端な栄養不良状態の個体では自発摂餌が起きにくい。その場合は、必要に応じて、流動食をチューブで胃内に強制給餌している。流動食は、養殖魚用配合飼料をふやかし、消化酵素で処理したものを使用している。ウミガメの食道から胃の解剖構造は通常のカメ類とやや異なり、胃内にチューブで投与しても、流動食の逆流を起こしやすい。誤嚥防止のため、流動食の投与時はカメの上半身を45-90°の角度に持ち上げ、処置後はしばらくその姿勢を維持するなどの対策を講じている。


高ナトリウム・高クロール血症および高脂血症を呈したカマイルカ Lagenorhynchus obliquidens における静脈輸液治療

2023年 第29回日本野生動物医学会大会

獣医師 岩尾一

【序】高ナトリウム血症, 高クロール血症は, 摂餌不良, 脱水等の背景がある鯨類でよく見られる症状である. 家畜同様, 飼育下鯨類においても, 電解質異常の治療には静脈輸液が一般に行われているが, 経過の十分な記載例は少なく,輸液量, 輸液速度, 輸液剤の選択は経験に大きく依存しているのが現状である. 高ナトリウム血症, 高クロール血症および高脂血症を呈したカマイルカで静脈輸液処置を行った結果を報告する.
【症例および臨床経過】2023年2月14日(1病日), 砂浜に座礁したカマイルカ(雄, 85 kg, BCS 4/4)を保護. 遊泳困難なため水深の浅い簡易プールで管理した. 収容時の血液検査で強い炎症反応があった以外, その他の検査所見に顕著な異常はなかった.2病日から自発摂餌(約 4 kg/日)をしていたが, 8病日から摂餌量が減少し出すと(約1-3 kg/日),血中ナトリウム(Na), クロール(Cl)および中性脂肪(TG)の上昇傾向も出現した. 30病日にはNa, Cl, TGはそれぞれ170 mEq/L,140 mEq/L, 505 mg/dlに達し, 体重減少も進んでいた(60 kg, BCS 1/4). そのため, 静脈輸液治療を30病日から開始した. 1日の目標輸液量は, 以下の式から水分欠乏量(L)を推定して,決定した.体内水分量(TBW)=体重(kg)×0.7(除脂肪体重係数)×0.7(除脂肪体重中の水分係数), 水分欠乏量(L)=TBW×(当日のNa値/155-1). 目標とする輸液速度とNa補正速度はそれぞれ5-10 ml/kg/h, 1.0-2.0 mEq/L/h として, 輸液製剤を適宜選択した. 輸液処置は, タンカでの保定下で背鰭もしくは尾鰭の静脈を使用して行った. 輸液処置を開始した翌日から Na, Cl, TGの改善が見られ, また自発摂餌量も増加した(約4-5 kg/日). 輸液処置は30-39病日, 43病日に実施し, Na・Cl, TGの正常化はそれぞれ43, 82病日に確認した. 一日の輸液量, 輸液時間, 輸液速度, 推定Na補正速度の平均値±標準偏差はそれぞれ1.6±0.4(L), 3.3±0.8(h), 8.2±1.8(ml/kg/h), 1.71±0.72(mEq/L/h)であった. 43病日以降の摂餌量は5-6 kg/日に増加, 運動能力の回復も進み, 82病日には放流に至った.
【考察】家畜の高ナトリウム血症の静脈輸液治療では, 急激なNa補正に伴う脳浮腫予防のため, Naの補正速度は, 24時間あたり10-12 mEq/L程度(約0.5 mEq/L/h)が推奨されている. しかし, 鯨類の飼育現場では人員, 時間, 動物の行動抑制等が制限要因となり, 静脈輸液によるNa補正は, 一日一回、数時間のうちに1.0-2.0 mEq/L/h程度の速度での補正がよく行われている. 本症例も同様の速度で処置を行い, 特段の問題は見られなかったが, 安全性については今後も検証を続けていく必要がある. Na, Clの高値に随伴してTGの高値が出現した. 輸液処置によるNa, Clの改善と連動してTGも低下したことから, TGの高値は水分欠乏に伴う代謝状態を反映したものと考えられるが, 機序については明確ではなく, 今後, 類似の他症例との比較が必要である.


ウミガラスの人工育雛の一例

2023年 JAA 第4回水族館研究会

展示課 平山結,岩尾一,前田綾子,川口顕良多,山田篤

 ウミガラスUria aalgeはチドリ目ウミスズメ科に属する海鳥で,北半球の亜寒帯の海に分布する.繁殖期は5~8月で集団繁殖し,巣は作らず,岩の上などに直接産卵する.平均抱卵日数は33日で,雛は生後約22日で営巣地から水上に飛び降りて巣立ち,しばらくは海上で親の世話を受ける.当館では,2021年3月に葛西臨海水族園から5羽を導入し,飼育を開始した.2023年6月12日に産卵があった.産卵から3日目に卵が2回水中に落下したため,人工孵化に移行した.卵は温度37.4℃に設定した自動転卵装置付き小型孵卵器(昭和フランキ社,ベビーB型)に収容し,放冷を1日2回各回5分間実施した.孵化後は,親が育雛しないと判断したため,人工育雛を実施した.国内のウミガラスの人工孵化・人工育雛技術は葛西臨海水族園によりほぼ確立されていて,給餌量,体重増加の目標,飼料は葛西臨海水族園,ふくしま海洋科学館の過去のデータを参考にした.1日齢から,プラスチック製コンテナ(W65 cm×D45 cm×H32 cm)に保温電球を設置した自作の育雛箱に雛を収容した.巣立ちまでに,育雛温度を展示水槽と同じにするために,1~8日齢までは育雛箱をバックヤードに置き30℃から25℃まで下げ,9~39日齢まではウミガラス予備水槽陸場に移動し25℃から20℃まで下げた.餌は,1~16日齢まではワカサギとマイワシ,17~19日齢まではワカサギとマイワシに加えてイカナゴ切り身,20日齢から巣立ちまではワカサギとマイワシ切り身を, 7時30分から19時30分までの間に3-4回手差しと置き餌で与えた.2日齢よりビタミン剤(Mazuri® 5TLC)をビタミンE 50-100 IU/kg(餌重量)となるように毎日与え,21日齢よりカルシウム不足予防のため,炭酸カルシウムを1日あたり62.5 mg与えた.雛の体重は各給餌前に計測した.育雛16日目から,増体率(%)=(当日の初回給餌前の体重(g)-前日の初回給餌前の体重(g))÷(前日の初回給餌前の体重(g))×100,同化率(%)=(当日の初回給餌前の体重(g)-前日の初回給餌前の体重(g))÷(前日の総摂餌量(g))×100を毎日算出した.産卵35日目で孵化し,育雛期間は39日間であった.体重は,孵化時の65 gから,巣立ち時(39日齢)の344 gまで増加した.イカナゴを17日齢~19日齢まで給餌すると,便性状の悪化,吐き戻し,活性の低下,増体率・同化率の低下があった.野生下の雛が摂取するイカナゴは全長10~13 cmのサイズが主体と報告されている.今回使用したイカナゴはそれより大きかったため,消化不良を起こしたと思われる.増体率・同化率を求めることで,イカナゴ給餌時の消化不良に早期に気づき,対応することができた.人工育雛では,雛の状態観察とともに,増体率・同化率を求めることが重要であると思われる.


カマイルカの飼育下繁殖4例における出生時の対応と成長の比較

2023年 JAZA 第49回海獣技術者研究会

展示課 渡邉拓也,岩尾一,松本輝代,小川みはる,石田茉帆,石川訓子

 新潟市水族館マリンピア日本海では,2019年から2022年の4年間に,カマイルカLagenorhynchus obliquidensの繁殖が毎年1例ずつ,計4頭の出産があった.本種の出生後早期の成長に関する情報は少ないため,4例の繁殖時の対応,および出生個体の成長について比較した.4例ともに出産施設は,略長方形(長辺14m,短辺7.5m,水深2.7-3m,水量300㎥)の屋内展示水槽で,出産予定日の2ヵ月程前に集水枡や吐水口,はしご等の水中構造物にトリカルネットとポリ塩化ビニル管で作製したガードを設置した.母獣に対しては,出産から育子に亘る過程で,飼育者の補助的な介入や,環境の変化等の新奇刺激に対する不適切な反応を回避する目的で,子獣が壁に衝突することを防ぐための専用の棒とフィンを持った飼育者の動きに対する脱感作,子獣に対する母獣の誘導を妨げないように投餌による給餌のトレーニングを行った.体温が低下した日からは単独飼育とし,24時間観察を行った.出産時の4例のデータ(出産日,分娩時間,性別,体長)は,No.1(2019年7月29日,46分,雄,104cm),No.2(2020年8月4日,2時間13分,雄,95cm), No.3(2021年7月13日,1時間56分,雌,93cm),No.4(2022年8月9日,3時間18分,雌,103cm)であった.出産直後は子獣の遊泳が安定するまで,飼育者が専用の棒とフィンを用いて壁への衝突防止対応を2-7時間行った.初授乳は13時間30分-17時間後に確認され,自発摂餌は32-88日齢から始まった.母子の状態に即応するために,24時間観察は11-21日間継続した.子獣の体長は並泳する母獣の実測値から算出した概算で,365日齢での体長は,No.1,190cm,No.2,171cm,No.3,171cm,No.4,183cmであり,2023年9月25日現在も4頭ともに生存している.授乳時間と回数,子獣の摂餌量等の比較と行動観察を綿密に行うことは,生後1年以上の生存に有益であると考えられる.


座礁したカマイルカの保護と放流

2023年 JAZA 第49回海獣技術者研究会

展示課 石田茉帆,岩尾一,石川訓子

 2023年2月14日,新潟市西区五十嵐浜に座礁したカマイルカLagenorhynchus obliquidens(雄,体長185cm,体重85kg)を保護した.屋内に設置した円形簡易プール(直径366cm,水深76cm,水量8㎥)に収容した.搬入時に大きな外傷はなかったが,血液検査で強い炎症反応,尾部の右屈曲と硬直,姿勢維持の困難が認められたため,24時間体制での介助を8日間実施した.9日目に自発遊泳を期待し,屋内プール(14m×7.5m,水深3m,水量300㎥)に移動したが,遊泳不良から沈降した.再度簡易プールに収容したが姿勢維持が再び困難になり,監視不在の夜間は担架に収容して管理した.11日目より重症肺炎を発症し,摂餌量の減少,削痩が進行したため,29日目より静脈輸液治療を計13日間実施した.最低給餌量を4kgに設定し,それに満たない場合は強制給餌を行った.体位の平衡と浮力維持,自立した遊泳の回復を目的に,32日目から自作した遊泳補助具を装着,34日目から尾部の硬直改善のため,マッサージや尾柄の上下運動の機能訓練などを並行して行ったところ,約10日間で自発的な上下運動が開始された.56日目以降は再度屋内プールに移動し,呼吸,姿勢維持および尾柄の上下運動を確認しながら,段階的に補助具を外した.また,他個体との同居も行い,個体干渉による刺激を与え,75日目には補助具無しでの遊泳が可能となった.高速遊泳やブリーチ,水深3mへの潜水が見られたことから十分に運動能力が回復したと判断し,82日目に長岡市寺泊港2-3km沖で漁業者の協力のもと放流した.座礁個体の保護は,検疫上,飼育個体との隔離を前提とした収容施設の確保が難しく,人的負担も大きいうえ,慎重かつ迅速な対応が必要である.また,外部機関への報告や手続きなど円滑な対応が求められる.本件は座礁個体に対する今後の最適な保護に資する事例となった.


フンボルトペンギン Spheniscus humboldtiにおける胸部気嚢への腸管嵌入例

2022年 第28回日本野生動物医学会大会

獣医師 岩尾一


【序】死亡したフンボルトペンギンSpheniscus humboldtiの解剖時,消化管の一部が胸部気嚢内に嵌入している事例を2個体で経験した.他鳥種を含めて,類似例の報告が見当たらないこともあり,報告する.
【症例及び臨床経過】
(症例個体1)メス,31歳11ヶ月齢.鬱血性心不全で死亡.左胸部気嚢の心臓近くの部分に直径5 mm大の穴が開き,15 cmほどの消化管の一部がループ状に嵌入.漿膜に覆われた1 cm × 2 cm × 0.5 cm大の小判型の黄色および直径 2 .5 cm × 0.5 cm 大の黄灰色の腫瘤物が付着. 気嚢内・外ともに漿膜面での炎症反応はない.嵌入した消化管の気嚢内での癒着はなく気嚢内で遊離.嵌入部での消化管の絞扼はない.痩せ気味だが量を食べない傾向が死亡半年前程度からあった.BCS 2/5.
(症例個体2)メス,34歳11ヶ月齢.鬱血性心不全で死亡.左胸部気嚢の心臓脇から十二指腸の一部が嵌入.嵌入した十二指腸は直径3 cm程度の嚢胞状に漿膜で覆われる.腹腔側の消化管嵌入部は滑らかに漿膜で覆われ,絞扼は起こしていない.嚢胞状物内の十二指腸の漿膜との癒着はない.死亡前の食欲不振などの既往歴はなし.BCS 5/5.
【考察】気嚢内に腸管が嵌入していた2個体とも,生前に顕著な呼吸症状や消化器症状はなく,気嚢病変そのものによる臨床上の不具合はほとんどなかったと思われる.両個体とも消化管嵌入が左胸部気嚢の類似位置から生じており,慢性の心疾患が死因となっていた点が共通していたものの,解剖学的構造,病態生理などから共通の背景要因があったのかは例数が少なく不明である.嵌入のきっかけは,何らかの大きな衝撃が加わった際に気嚢が破損し,腹腔内との連絡が生じた場合,呼吸運動に伴い近接する消化管が入り込むなどが憶測される.症例個体1については消化管以外に卵黄遺残物とそれに対する炎症反応に由来すると思われる腫瘤物も気嚢内に嵌入していたが,腫瘤物が周囲漿膜や消化管との癒着などの炎症反応は見られず,炎症反応による気嚢損傷が消化管嵌入のきっかけになった可能性は否定的であった.症例個体1では消化管嵌入部が開放状態で腹腔内と連絡し,症例個体2では消化管が漿膜で覆われ気嚢内腔と腹腔内は隔離された状態になっていたが,病変形成時から気嚢の漿膜の二次再生までの時間経過の差を反映しているのかもしれない.


カワヤツメの人工授精とアンモシーテス幼生の育成と展示

2022年 第67回水族館技術者研究会

展示課 田村広野,梅田侑渚

 遡河回遊魚のカワヤツメの幼生は河川の砂泥中で生活するため,育成や観察が困難である.本種の幼生期の知見を得るため,人工授精で得られた幼生を異なる環境下で育成した.親魚は展示水槽(水量5.4m3,水温15.0℃)で飼育していた,阿賀野川産の雌1個体(全長316mm)と雄2個体(全長369mm,352mm)である.2020年5月25日に産卵行動が発現したため,取り出して麻酔下で搾出法により採卵と採精を実施し,乾導法で授精させた.卵数は約18,000粒,受精率は約80%,受精卵は球形で卵径1.06±0.01mm(n=5)であった.アクリル製水槽(水量54L,水温17.0℃)に収容後,9日目に孵化した.孵化幼生は全長3.96±0.15mm(n=3)であった.6日齢から幼生の水槽底面への潜行が観察されたため,①井水を水源とした屋外ビオトープ(水量120㎥,無温調)の砂泥部分,②砂泥を7cm敷いた濾過循環水槽(水量180L,水温17.0℃),③砂泥を7cm敷いた中和水道水の掛け流し水槽(水量180L,冷却17.0℃設定で加温なし)の実験区に,それぞれ約3,000個体を収容した.①は無給餌,②③はドライイースト,小麦粉,メダカ用配合飼料を混合して中2日で与えた.103日齢で確認すると,①②の生残数は0で,死因は,①は餌不足と夏季の高水温,②は循環による餌料の流出による餌不足と推察された.③の生残数は約200個体で全長13.76±1.36mm(n=3)であった.204日齢の生残数は約80個体で全長26.70±2.54mm(n=3),710日齢の生残数は6個体で全長64.16±12.86mm(n=6),期間中は水温16.2±1.7℃であった.713日齢から,砂泥を1-2mm敷いた中和水道水の掛け流しのアクリル製水槽(水量45L,水温17.7℃)で展示した.最も生存した個体は742日齢で,幼生を水温11-18℃で育成し,餌料の流出を防ぐ環境にすることにより,2年以上の育成が可能であった.繁殖個体を用いた早期からの長期間の生態展示が今後の目標である.


飼育下におけるシロウの育成と成熟

2022年 第67回水族館技術者研究会

展示課 原田彩知子

 シロウ Occella kuronumai は富山湾以北の日本海及び津軽海峡沿岸の水深6-300 mの砂泥底に生息するトクビレ科魚類である.トクビレ科魚類は交尾を行い,卵は孵化まで数か月から約1年を要する.本種の飼育知見及び育成記録は乏しいが,2015年に受精卵が得られ,育成に成功した.親個体は2015年3月29日に新潟市関屋浜沖で採集された.同年4月12日に水槽内にて卵塊を確認したため(以降,数度にわたって産卵),ポリプロピレン製容器(W270 × D200 × H85 mm,底部にプランクトンネットを貼付)を浮かせ,収容した.約9か月後の2016年1月15日から孵化が始まり,仔魚は通気したポリカーボネート製30 L円形水槽へ移動して常温で止水飼育し,1月16日以降に孵化した仔魚は500 L円形水槽(濾過循環式.設定水温12.0 ℃,オーバーフローにスポンジフィルターを設置)に収容した.30 L円形水槽は毎日1/3量換水を行い,500 L円形水槽はスポンジフィルターを更新した.孵化仔魚の餌料は栄養強化したアルテミア幼生とクリーンコペポーダを用いた.孵化後は水面付近を泳いでいたが,42日齢頃から着底し始めた.この頃には活フクロアミと,クリーンブラインシュリンプ,クリーンホワイトシュリンプを与えた.84日齢でクリーンブラインシュリンプを摂餌しているのを確認し,以降はサイズに合わせて配合飼料,オキアミ類,マアジミンチを与えた.孵化後0日齢の仔魚の全長は8.0 mm,14日齢8.4 mm,21日齢9.4 mm,30日齢13.7 mm,46日齢17.1 mmと成長した(n = 1).2017年7月から常設水槽に随時展示し,2018年3月29日に尾部を左右に振る普段見られない行動を確認,同年5月14日に産卵したため,水温11.0-12.0 ℃の飼育下では,2歳で成熟することが分かった.なお,本例について,2021年度初繁殖認定を受けた.


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