バイカルアザラシ Pusa sibirica における血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性

2013年 第19回日本野生動物医学会

展示課 岩尾 一

【序】
アザラシの雌の繁殖様式で特徴的な要素は, 毎年繁殖性, 年1回繁殖, 数ヶ月の着床遅延, 長い妊娠期間, 短い授乳期である. 繁殖内分泌学的には, 排卵後, 数週間から数ヶ月間持続するプロゲステロン(P4)の高値(偽妊娠), 胚の着床後から出産直前までのP4とエストラジオール(E2)の持続的な上昇が, 数種のアザラシで共通する特徴として知られている. 繁殖内分泌学的な報告がほぼないバイカルアザラシを対象として, 血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性を調べた.

【材料と方法】
新潟市水族館で飼育していたバイカルアザラシの1頭の雌について, 2007年12月から2012年9月にかけての繁殖履歴を調査した. 同期間中, 月1, 2回の後肢指間静脈からの採血を試み, P4とE2の血中濃度をCLIA法で測定した. 流産があった場合は胎仔の病理解剖も実施した.

【結果】
対象期間中の繁殖履歴は, 正常出産1回, 未妊娠1回, 流産3回であった. 正常に妊娠, 出産した1例では出産直前までP4, E2ともに持続的に上昇し, P4とE2の最大血中濃度はそれぞれ71ng/Ml, 142.4pg/Mlまで達した. 未妊娠の1例では, P4の血中濃度は偽妊娠期間中の14.1ng/Mlを最大値として以降, 次回排卵まで漸減し続け, E2の上昇はなかった. 流産した3例では, 正常出産時と比較して, 胚着床後, 3ヶ月間程度, P4の血中濃度が低い値で推移する傾向があった. E2の血中濃度は, 2例の流産例では流産直前まで正常出産時と変わらないほど高値で推移したが, 1例では偽妊娠期間中に極端な低値を示すなど不安定な挙動を示した. 3回の流産例の胎仔の死因は, 右心不全(2例)と脊柱側弯症(1例)であった.

【考察】
排卵後および胚着床まもなくのアザラシでは, P4は主に黄体から分泌されているが,胚着床後はP4の主要な分泌源は胎盤に切り替わるとともに, 卵胞および胎仔の生殖腺からE2が分泌されることが, 偽妊娠期間中のP4の血中濃度の高値, 胚着床後のP4およびE2の血中濃度の持続的な上昇の理由として考えられている. 対象個体の正常出産時, 未妊娠時のP4およびE2の血中濃度の変化は, 他種のアザラシで報告されている特徴と一致するものであった. 流産例ではすべての事例で, 胎仔死が妊娠中断の直接の原因であると考えられた. 胎仔の死因には何らかの先天的疾患が関与していたことから, 疾患に合併した胚や胎盤の発達異常などが, 胚着床後にP4の血中濃度が顕著に上昇しなかったり, P4やE2が不安定な挙動を示したりした要因となっていたのかもしれない.