調査・研究

研究会発表 抄録集

座礁したカマイルカの遊泳不良に対するアプローチ

2024年 JAA 第5回水族館研究会

展示課 石田茉帆,岩尾一,石川訓子

 2023年2月14日,新潟市西区五十嵐浜に座礁したカマイルカLagenorhynchus obliquidens(雄,体長185cm,体重85kg)を保護し,屋内に設置した円形簡易プール(直径366cm,水深76cm,水量8㎥)に収容した.搬入時に大きな外傷はなかったが,尾部の右屈曲と硬直,姿勢の維持が困難であったため,24時間体制での介助を8日間実施した.9日目に自発遊泳を期待し,屋内プール(14m×7.5m,水深3m,水量300 ㎥)に移動したが,体の硬直が強く,遊泳不良から沈降した.そのため,当個体の遊泳能力回復を目的に加療を開始した.まず,誤嚥や溺死を防ぐ目的で,監視不在の夜間は担架に収容した.夜間の担架収容日数は計24日で,不自然な姿勢や体のこわばりが多く,担架による擦過傷が発生した.次に体位の平衡と浮力維持,自立遊泳の回復を目的に,32日目から自作した遊泳補助具を終日装着した.補助具は厚さ5mmのウェットスーツを活用し,体に密着するようベルト付きのジャケット型とした.左右に浮きを付けて浮力の調節を行い,転覆や衝突防止のために塩化ビニルパイプで作製したバンパーを取り付けた.その結果,担架よりも自然な姿勢維持が可能で,局所的な体の負担を軽減することができた.34日目から尾柄部の硬直緩和と運動機能回復を期待して,簡易プール内で背鰭を持ち上げて自発的な尾柄の上下運動や,係員が後方から軽く追って前進を促す訓練などを実施した.これらの訓練を1日1-2回(5分程度/1回)行い,開始から約10日後には自発的な尾柄の上下運動が確認されるようになった.56日目以降は屋内プールに再収容し,呼吸,姿勢維持および尾柄の上下運動を確認しながら,段階的に補助具を外した.66日目以降に個体干渉による刺激を与えるため,他個体との同居を実施したところ,遊泳速度の上昇,潜水の兆候が見られ,75日目には補助具を全てなくした遊泳が可能となった.尾部の右屈曲と硬直の緩和とともに,高速遊泳やブリーチ,水深3mへの潜水が見られ十分に運動能力が回復した.遊泳不良の個体に実施したこれらのアプローチのうち,身体の動きを妨げない補助具の装着,遊泳能力の向上を促す訓練,自力での遊泳を誘発する他個体との同居は,遊泳の回復に有効であったと考える.なお当個体は,82日目に長岡市寺泊港2-3km沖で漁業者の協力のもと放流した.


飼育下ウミガラスで見られた親以外の個体による抱雛行動

2024年 JAA 第5回水族館研究会

展示課 榊原陽子

 ウミガラスUria aalgeでは親以外の成鳥が雛を世話する行動が観察される.この行動が生じる要因として,①血縁選択による利他行動②互恵的利他行動③雛による親以外の成鳥の操作④雛による親以外の成鳥の誤認識⑤親以外の成鳥による雛の誤認識の5つの解釈が示唆されている(Birkhead&Nettleship,1984;Wanless&Harris,1985).新潟市水族館では,2024年ウミガラスの自然繁殖の機会を得た.そこで,飼育下ウミガラスでも親以外の成鳥による雛の世話行動が生じるかを調査した.
 観察対象は,繁殖した親一組(以下親AB), 生まれた雛1羽,親ABの2023年繁殖個体(性不明)1羽,非繁殖ペア一組(以下CD),ペアがいない雄1羽,の計7羽である.調査期間は,孵化日の6月27日から自力摂餌が安定した10月3日までの99日間.各個体の行動は,8時~17時の間,ランダムに1セッション1分~15分間観察した.親AB以外による雛への給餌は見られなかったが,CDによる抱雛行動が観察された.抱雛は主に親ABが離れて雛が単独でいる時に見られ,孵化日から巣立った7月23日までの27日間,188セッション中,抱雛回数は雌9回,雄3回であった.親ABは戻ると抱雛しているCDを排除する行動が観察された.親以外の成鳥による抱雛行動が生じる解釈として,利他行動は親ABがCDの抱雛を許容していないことから否定的な結果となった.雛が適応度を上げるためCDを操作したのであれば,親ABはCDの抱雛を許容しうるのでこの解釈も否定的である.雛による親以外の成鳥の誤認識は,親子間の認識が発達しているウミガラスでは極めて低いため,抱雛行動が生じた要因としては該当しないと考える(Birkhead&Nettleship,1984).5つの解釈の中では親以外の成鳥による雛の誤認識が最も妥当であると考える.雛の世話行動を引き起こす基本要因には様々なホルモンによる働きがあるが,雛からの視覚的,触覚的,嗅覚的,聴覚的刺激も必要であるため,雛の鳴き声などが刺激となり抱雛行動が誘発された可能性が示唆される.野生下に比べ飼育下では雛が単独でいる時間が短く,親以外の成鳥が抱雛する場面に親が遭遇する頻度が高いため,排除する行動が多く,抱雛頻度は低くなったと考えられる.
 親以外の成鳥による抱雛行動は利他行動などの適応的な解釈をしがちであるが,今回の観察結果からは適応的な解釈には疑問が残るものとなった.客観的に行動を分析することが求められる.

参考文献
Birkhead, T. R. and D. N. Nettleship. 1984. Alloparent care in the common murre (Uria aalge). Can J Zool 62:2121-2124.
Wanless, S. and M. P. Harris. 1985. Two cases of guillemots, Uria aalge helping to rear neighbours' chicks on the Isle of May. Seabird 8:5-8.


ウミガラス雛へのサプリメント投与

2024年 JAZA 第50回海獣技術者研究会

展示課 平山結,前田綾子,榊原陽子,川口顕良多,牧田楓菜,岩尾一

 新潟市水族館マリンピア日本海では,2021年3月にウミガラスUria aalgeを展示し,2023年6月に人工育雛,2024年5月に自然育雛の機会があり,雛へのサプリメント投与を実施した.2023年は抱卵中に起きた卵の水中落下により人工孵化に移行,産卵35日目で孵化し,人工育雛を実施した.雛の餌はワカサギ,マイワシ,イカナゴを1日2-4回手差しと置き餌で与えた.2日齢よりビタミン剤(Mazuri® 5TLC)をビタミンE 50-100 IU/kg(餌重量)となるように毎日与え,21日齢よりカルシウム不足予防のため,炭酸カルシウムを1日あたり62.5mg与えた.17-19日齢で与えたイカナゴで消化不良があった以外は順調に成育し,39日齢で展示を開始した.2024年も前年と同個体が産卵し,33日目で孵化した.雛の孵化後,親の餌をワカサギとオキアミのみに変更し,7日齢からキビナゴ,31日齢からイカナゴを追加した.ビタミン剤は2日齢より投与し,親が雛に1/2錠を詰めた餌を与えた場合は,その後数日間は未投与,親が与えなかった場合は,1日1回70-80尾(200-240g)に1/8錠ずつを詰めて与えた.70日齢で自力摂餌を確認し,自力摂餌が安定した86日齢からは1/3錠を1回目の全給餌量に詰めた.3-41日齢まで,雛が淡水魚を多く摂餌している場合,高度不飽和脂肪酸を補うため養殖魚用配合飼料(おとひめEP3)を,1日1回70-130尾(200-400g)に2-3粒ずつを詰めて与えた.雛は26日齢で巣立った.人工育雛,自然育雛ともに雛はその後も順調に成育している.ビタミン剤について,自然育雛時の摂餌量を人工育雛時と同量と仮定した場合,ビタミンE投与量はほぼ目標値となった.人工育雛時の炭酸カルシウム投与量は十分ではなく,投与量の4倍が適切であった.自然育雛時に投与した養殖魚用配合飼料については,淡水魚は体内で高度不飽和脂肪酸を合成できるため,餌のみで十分であり,投与は必要なかった.


プレドニゾロン投与中のカリフォルニアアシカで発症した深部皮膚トリコスポロン症

2024年 第30回日本野生動物医学会大会

岩尾一(新潟市水族館)
大村美紀(株式会社MycoLabo)
槇村浩一(帝京大学・医真菌研究センター)

【序】トリコスポロン属菌は土壌や水中に普遍的に存在する担子菌酵母で,人や動物で表在性から深部の皮膚感染症を引き起こすこともある.トリコスポロン属の分類は近年,大きく変わり,元来Trichosporon属とされていたものが5属に再分類され,菌種同定にはDNA解析が不可欠となっている.
【症例】新潟市水族館で飼育しているカリフォルニアアシカ Zalophus californianus(メス,26歳,体重 80 kg)が同居しているゴマフアザラシ Phoca largaによる咬傷で右後肢第5指に重度の裂傷を負ったたため,別室に隔離した(1病日).慢性のアクチノマイセス性下顎骨炎,腰椎の変形性関節症による疼痛を管理するため,当該個体にはアモキシシリン(500 mg PO bid),メロキシカム(10 mg PO sid),トラマドール(25 mg PO sid)を投与していた.隔離中に脊椎症を発症し,沈鬱,食欲不振に陥ったため,抗炎症量のプレドニゾロン投与を漸減投与した(5 mg PO sid(26-31病日), 2.5 mg PO sid(32-47病日),1.25 mg PO sid(48-56病日)). 60病日の時点で咬傷部の裂傷の回復傾向が無く,皮膚表面に多数の水泡状病変が出現,細胞診および培養検査で黄色ブドウ球菌が病変部から検出されたため,アモキシシリン・クラブラン酸の合剤(オーグメンチン250RS® )(1錠 PO bid)も追加した.64病日より皮膚の剥離,皮下組織と指末端組織の壊死と脱落が進行した.75病日に,脱落した皮下組織の水酸化カリウム処理後の標本の細胞診で,菌糸様構造物を確認したため,76病日からテルビナフィン軟膏の1日2回の局所塗布を開始したところ,病変の拡大は収まり,95病日ごろまでにはほぼ上皮化した.75病日に,脱落した皮膚片と皮下の壊死組織をクロモアガーカンジダ培地へ接種後,37℃で14日間の培養で,遅発育性の酵母型真菌による白色から赤紫色を呈するムコイド様コロニーが得られた.発育菌株はリボソームDNAのD1/D2領域を対象とした遺伝子同定で,Cutaneotrichosporon cutaneumと同定された.In vitroの薬剤感受性検査では多くのアゾール系薬に良好な感受性を示したが,テルビナフィンやキャンディン系の感受性は低下していた.
【考察】C. cutaneumはトリコスポロン科に属する担子菌で,以前はTrichosporon cutaneumに分類されていたが,2015年に現在のC. cutaneumに再分類された.本菌の感染例はまれであり、動物では調べた限り報告はない.今回行った薬剤感受性ではテルビナフィンに対する感受性が低下していたが,症例個体ではテルビナフィンの外用を行った後皮膚症状は完治しており,テルビナフィンが奏功した可能性もある.この理由としては、外用で抗真菌薬を使用すると病変部での濃度が高くなるため、感受性が低くても用量依存的に奏功したことが考えられた.本症例でC. cutaneum感染の発症に至った背景には,咬傷による皮膚バリアの破綻,低用量とはいえプレドニゾロン投与による免疫抑制の影響が複合的に作用した可能性が否定できない.


スナガニのメガロパ期までの育成記録

2024年 JAZA 第69回水族館技術者研究会

展示課 原田彩知子

 スナガニ Ocypode stimpsoni はスナガニ科スナガニ属に分類され,北海道南部以南の砂浜に分布する.本種を含め,スナガニ属ではゾエアからメガロパに至る育成記録は過去数件のみであり,今回,メガロパまでの育成に成功したため報告する.2024年7月21日に新潟市関屋浜で抱卵メスを採集し,海水で湿った海砂を約13 cm敷いたガラス製水槽(W600 × D295 × H360 mm)に収容した.同水槽には放仔用に海水をため通気したプラスチック製容器(W270 × D200 × H85 mm)を設置した.7月31日に放出されたゾエアを発見し,Kreisel水槽(φ333 mm × D100 mm,約8 L)へ収容した.水温は25.0-26.8℃,幼生が滞留しない程度に通気した.毎日1/3量換水し,16日齢までは5,6日に1回,死亡個体が目立ち始めた19日齢以降は2,3日に1回全換水を行った.ゾエア1期にはシオミズツボワムシ,2期からアルテミアノープリウス幼生,4期から冷凍コペポーダや活アルテミア,5期からビタクリンアダルトブラインを給餌した.Kreisel水槽での育成期間中は終始スーパー生クロレラV12を与えた.ゾエア2期は4日齢,3期:8日齢,4期:12日齢,5期:17日齢より現れ,頭胸甲長は1期:0.58 ± 0.01 mm(mean ± SD,n = 49),2期:0.84 ± 0.04 mm(n = 13),3期:1.13 ± 0.06 mm(n = 18),4期:1.80 ± 0.09 mm(n = 10),5期:2.66 ± 0.21 mm(n = 4)だった.23日齢より頭胸甲長3.58 ± 0.16 mm(n = 3)の大型ゾエアが,26日齢よりメガロパ:甲長3.94 ± 0.31 mm,甲幅3.48 ± 0.17 mm(n = 7)が現れた.稚ガニまで育成した知見はなく,31日齢よりメガロパを上陸用水槽に試験的に移動させたが,稚ガニに変態することなく45日齢までに全個体が死滅した.今後の課題は,共喰いを抑制できる飼育密度の最適化,水質が維持できる冷凍餌の給餌量調整等の対策,上陸できる環境やタイミングの把握が挙げられる.


コシノハゼの保全活動

2024年 JAZA 第69回水族館技術者研究会

田村広野,清水哉多(新潟市水族館)
千葉悟(水産研究・教育機構)
渋川浩一(ふじのくに地球環境史ミュージアム)
八柳哲(北海道大学農学院)
荒木仁志(北海道大学大学院農学研究院)
富森祐輔(新潟県長岡地域振興局)
鈴木悠理(国土交通省木津川上流河川事務所)

 コシノハゼGymnogobius nakamuraeはハゼ科ウキゴリ属の淡水魚で新潟県と山形県に分布し,ごく少数の溜池などで生息が確認されている.新潟市水族館は,2019年から環境省より国内希少野生動植物種捕獲等の許可を得て,新潟県内での生息調査,飼育による生態調査,教育普及などの保全活動を実施している.2021年度に環境省の生物多様性保全推進支援事業の国内希少野生動植物種生息域外保全に採択され,3年間,事業名「新潟県産コシノハゼ生息域外保全」として実施した.①生息調査:2019年に新潟県下越地方で3箇所,2021年に同地方で1箇所,2023年に中越地方で2箇所,新たに生息を確認した.2022年には環境DNA調査を実施した.②飼育による生態調査:2019年,昼間は底砂に潜り込む個体が多く夜間に遊泳する個体が増えるなど,夜間に活発になる生態を明らかにした.2021年10月に野生から導入した30個体を複数の水槽を用いて飼育し,屋外,屋内,水槽の大小,収容数,性比など繁殖に適した環境を調査した.屋内の窓際に設置したアクリル製90 ㎝水槽(水量150 L,中和水道水かけ流し,底砂有り,自然日長)で6個体(雌雄不明)を飼育していた.2022年5月1日に婚姻色(本種は雌のみに発現)を発現した雌1個体と雄1個体を,屋内のアクリル製60 cm水槽(水量56 L,中和水道水かけ流し,水温15.7 ℃,無底砂,LED照明)に収容したところ,5月7日に産卵があった(水温17.5 ℃).卵は基部に付着糸叢のある長茄子型の沈性付着卵で,長径4.56 ± 0.23 mm,短径1.50 ± 0.05 mm(n = 7),卵数85粒,うち基質に付着し垂下していたのは6粒であった.雄親魚によるファンニングなど卵保護行動があったが,卵は発生しなかった.③教育普及:通年展示をはじめ,様々なメディアを活用するとともに,2023年度には研究者を招き講演会を開催した.④まとめ:今後も本種の保全活動を継続し,産卵例を基に飼育環境を整え繁殖を成功させたい.


小型サンショウウオで発生したMycobacterium montefiorenseによる非結核性抗酸菌症

2024年 第34回日本動物園水族館両生類爬虫類会議

岩尾一,原田彩知子(新潟市水族館)
小峰壮史,伊原兵吾,猪鼻真理,清水茜,寺澤紬,宮崎綾佳,倉田修,和田新平(日本獣医生命科学大学獣医学科)
吉田光範,星野仁彦,深野華子(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
Jennifer Caroline Kwok(ペンシルバニア大学獣医学科)
Saralee Srivorakul(チェンマイ大学獣医学科)

 新潟市水族館で飼育しているハクバサンショウウオ Hynobius hidamontanus,クロサンショウウオ H.nigrescens,トウホクサンショウウオ H. lichenatusで,2010年頃より抗酸菌症の発症が連続した.主症状は皮膚潰瘍,突然死で,死亡個体のほとんどで重度の肝膿瘍がみられた.当初,抗酸菌培養は全て陰性だったため,診断は,病変部の押印標本の抗酸菌染色による菌体検出のみで行っていた.後日,冷凍サンプルによるPCR,培養条件の再検討により,起因菌はMycobacterium montefiorenseと同定された.M. montefiorenseは米国の水族館の皮膚病のウツボから発見,記載された非結核性抗酸菌であり,本事例はウツボ以降,二例目の動物での病原性を示す事例となった.2012年に発症が続いていた展示個体を全淘汰した結果,発症は一旦収まったが,その後,バックヤード飼育個体での発症が再発した.発症個体および同居個体の摘発淘汰,使用器具の使い分け・消毒,作業動線の見直し等の対策の実施後,小型サンショウウオ類での抗酸菌症は2020年以降発生していない.2014年,2018年の死亡個体由来の菌株を材料にした遺伝子解析結果からは,今回の小型サンショウウオの集団発生は同一の菌株によることが示唆された.M. montefiorenseは他の非結核性抗酸菌と同様に環境中に広く分布するが,飼育に使用していた水,床材等からの検出はなかった.そのため,感染個体の病変との直接接触,感染個体の排泄物で汚染された床材等を介して,感染が定着,拡大したものと憶測している.
 変温動物の非結核性抗酸菌症は,同種および近縁種間で容易に伝染し,通常の細菌検査では見逃されやすいため,発覚時点ですでに被害が広まっていることが多い.両生類の抗酸菌症の被害拡大の予防のためには,日常的な抗酸菌症を想定した検査,サンプル保存,防疫対策に努めるべきである.


高齢かつ両眼を失明したミナミイワトビペンギンの飼育管理

2024年 JAZA 関東東北・北海道ブロック動物園水族館合同技術者研究会

展示課 榊原陽子

 ペンギンは個体間闘争で眼の怪我を負いやすく,また高齢個体では白内障もよく見られる.怪我や白内障による視力低下,失明が起きると,歩行頻度や遊泳頻度の低下も生じ,陸上で立って静止することが多くなり足底部に圧力がかかり続けるため,趾瘤症も合併しやすい.
 現在,新潟市水族館で飼育しているミナミイワトビペンギンEudyptes chrysocomeは1993年生まれの一羽のみである.本個体は同居していたフンボルトペンギンの攻撃により,2001年5月に右眼を失明,左眼も白内障により徐々に視力が低下した.フンボルトペンギンから頻繁に攻撃を受けたり,側溝に落ちる頻度が増加したりしたため,2017年6月から非展示エリアでの単独飼育に切り換えた.
 単独飼育後は,長時間,同一場所で立っていたり,直径50 cm程度の範囲内を周回したりするなどの行動が見られ,趾瘤症の発症と悪化が生じた.当初,趾瘤症のケアとして床材はポリプロピレン製スノコや人工芝を使用したが改善は見られなかった.また患部へのワセリン塗布も多少効果があったものの,完治せず再発に至った.他施設のケープペンギンでの趾瘤症治療事例を参考に,2022年9月より,人工芝を重ね合わせ,ランダムな起伏を設けたところ,9か月後の2023年6月には趾瘤症が完治した.また,起伏を設けたことにより,運動範囲や入水頻度の増加が見られた.失明による歩行頻度や運動範囲の低下によって生じた趾瘤症が,床材の人工芝に起伏をつけたことで,安静時および歩行時の足底部に掛かる圧力が分散しやすくなったことで自己治癒が進んだものと思われる.今後は科学的な評価も取り入れ,福祉レベルの向上に努めていきたい.


ハンドウイルカとカマイルカにおける単回経口投与時の血中アモキシシリン濃度推移

2023年 第29回日本野生動物医学会大会

久保田隆廣,廣瀬侑莉,元井優太朗(新潟薬科大学薬学部)
岩尾一(新潟市水族館)

【背景・目的】
 ペニシリン系抗菌薬であるアモキシシリン (AMPC) は, ブドウ球菌属やレンサ球菌属などに適応があり, 殺菌的に作用する. その薬力学的パラメータは最小発育阻止濃度 (minimum inhibitory concentration; MIC) を超える持続時間をあらわす time above MIC (TAM) であり, 起炎菌に対して MIC 以上で有効性を示す. イルカにおける AMPC 推奨投与量は確立されておらず, その治療効果は投与量に影響されやすいため, 適切な投与設計が望まれる.
本研究では, ハンドウイルカとカマイルカ由来の血清を用いた AMPC 定量分析法を確立し, それぞれの血中薬物動態を解析することを目的とした.
【検体と実験方法】
 新潟市水族館マリンピア日本海 (新潟市) にて飼育されている 2 頭のハンドウイルカTursiops truncatusと 3 頭のカマイルカLagenorhynchus obliquidens, 計 5 頭から採血した薬物動態解析用の 16 検体を用いた. すなわち, AMPC を投与した 0.25, 0.3, 0.33, 0.5, 1.0, 2.0, 4.0 および 6.0 時間後に採血し, 血液を速やかにプレーン採血管に分注後, 冷凍下(-30℃)にて保管した.
高速液体クロマトグラフィー用分析カラム InertSustain AQ-C18 (5 µm, ϕ4.6 × 150 mm) を使用し, 測定波長 228 nm, 流速 1.0 mL/min およびリン酸緩衝液系の移動相を用いて分析をおこなった.
【結果と考察】
 ハンドウイルカの個体 A に対する AMPC 投与量は 10 mg/kg, それ以外の個体 C, ならびにカマイルカ I, T および M に対しては倍量 20 mg/kg にて実施した. AMPC 血中濃度の最低値は, A に対する投与後 0.3 時間値 0.5 mg/L, 最高値は T の投与 1 時間後の 18.2 mg/L であった. ハンドウイルカにおいては, 投与後 2 時間で最高血中濃度到達時間(Tmax)に達し, 半減期(t1/2)は 1.3 時間であることを確認した. なお, A の倍量投与にあたる C の最高血中濃度(Cmax)は 2 倍高い値を示した. 一方, カマイルカの Tmax は投与後 1 時間であり, Cmax は C のそれとほぼ同程度であった. また, T の血中濃度推移から求めた t1/2 は, 1.6 時間とハンドウイルカのそれとほぼ同じであった.
ヒト健常成人にサワシリン® カプセル 250 mg(力価)を空腹時単回投与した際, その薬物動態パラメータは Tmax が 2 時間, t1/2 はおおよそ 1 時間と報告されおり, 上述したイルカにおける AMPC 薬物動態パラメータと同程度であることが明らかとなった. 今後は, 血中 AMPC 動態パラメータに基づく個体差や種差の検証に取り組みたい.


フンボルトペンギン肝ミクロソームに局在する薬物代謝酵素シトクロム P450 様抗原検出系の確立

2023年 第29回日本野生動物医学会大会

獣医師 岩尾一

【背景と目的】
 薬物代謝能を把握するためは,cytochrome P450(CYP)の活性を知ることが重要である.抗菌薬・抗真菌薬など数多くの薬剤は,おもに肝臓や小腸における CYP による代謝活性を考慮して投与される.ヒトにおける CYP の代表例は CYP3A4 をはじめ, 2C9/19,2D6 および 1A2 などが挙げられ,その割合は多い順に 3A4 が約 30%,2C9/19 が約 20%,1A2 が約 13% および 2D6 が約 1% と報告されている.一方,ヒト以外の動物ではこれらの構成比に関する情報が限られている.
 本研究では,ヒト CYP に対する定性分析法がペンギンの肝組織にも応用できるかについて検討をおこない,フンボルトペンギン由来の肝組織を用いて CYP 構成比を解析することを目的とした.
【検体と実験方法】
 葛西臨海水族館(東京都)とマリンピア日本海(新潟県)から供与されたフンボルトペンギンSpheniscus humboldti死亡個体 6 羽の肝組織から調製した検体を対象とした.すなわち,各肝細胞 1 g に対して Microsome isolation kit(アブカム株式会社)を用いてホモジネートをおこない,計 6 検体の肝ミクロソームを得た.また,Bradford 法を用いて各検体の総タンパク量を定量した.
 各検体で 7.5% SDS ポリアクリルアミド電気泳動をおこなったのち,ヒト CYP に対する特異抗体を用いて western blotting を実施した.すなわち,ウサギ由来抗ヒト CYP ポリクローナル抗体を用いて一次反応を,次にペルオキシターゼ標識抗ウサギ抗体を用いて二次反応をおこない,3, 3´, 5, 5´-tetramethylbenzidine により検出した.
【結果と考察】
 対照検体として用いたヒト CYP3A4 は,54 kDa 付近に陽性反応を示した.フンボルトペンギン由来の検体では 6 検体中 4 検体に 54 kDa と 50 kDa に陽性反応を,ほかの 2 検体については 50 kDa のみ陽性を示した.また,ヒト CYP2C9 では 50 kDa に反応を示したのに対して,検体ではより分子量の大きい 64 kDa に陽性反応を示した.しかし,ヒト CYP2D6 と 1A2 においては陰性であった.これらのことから,フンボルトペンギンがヒト CYP3A4 や 2C9 と同様の免疫反応を示す薬物代謝酵素を持つことが明らかとなり,さらには, 個体ごとに保有する CYP 分子量が異なる可能性が示唆された.
 今後は同検体の定量分析をおこない,CYP 構成比の検証をおこなうとともに,別種やほかの動物に対して同様の解析を取り組みたい.


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