フンボルトペンギン Spheniscus humboldti における慢性消化管クロストリジウム症からの鉄欠乏性貧血

2025年 第31回日本野生動物医学会大会

展示課 岩尾一

[序]鉄欠乏性貧血の診断はヘマトクリット(Ht),ヘモグロビン,赤血球恒数,血清鉄値(Fe),総鉄結合能(TIBC),鉄飽和度(TSAT),フェリチン値の総合的な評価によって行われる.鳥類では赤血球が有核であるため,ヘモグロビンや赤血球恒数の機械での正確な測定は困難であり,フェリチン測定も不可能であるため,診断に制約がある.これらの制約により,感染症などの炎症性疾患に続発する慢性疾患の貧血(ACD)との鑑別も困難となることがある.また鉄欠乏性貧血の鉄剤治療では,貯蔵鉄値の指標であるフェリチン値が治療期間の指標として役立つが,鳥類ではこの指標が利用できない.本症例では,フンボルトペンギンにおいてHtとTSATを基準とすることで,鉄欠乏性貧血の診断と治療期間の決定を効果的に行った.
[症例] 2017年11月10日(1病日)より,新潟市水族館のフンボルトペンギン68羽の飼育施設の床に個体不明の血便の出現が続いていた.血便のグラム染色ではClostridum perfringens様あるいは有芽胞性のC. spp.様のグラム陽性大型桿菌,赤血球,偽好酸球,栓球,フィブリンの出現が継続し,重度の消化管クロストリジウム症を発症していると診断した. 第48病日に個体(オス,6歳.BCS 3/5)を特定し,メトロニダゾール投与(62.5 mg, PO, sid, 13日間)を行った結果,症状は回復した.49病日の採血で,血液塗抹での赤血球の大小不同, Htの低下(24%)があったため,49病日から硫酸鉄投与(25 mg, PO, sid)も開始した.72病日と103病日の血液検査時のHtの回復傾向(37%, 40%),103病日の Feの低値(14 μg/dl), TIBCの上昇(192 μg/dl), TSATの低下(7.3%)に基づいて,慢性の消化管クロストリジウム感染症による持続出血からの鉄欠乏性貧血と診断した.治療目標は健常個体の測定値を参考に,Ht 約50%およびTSAT 30%以上とした.それぞれの目標値に到達するのは,第103, 138,160病日のHt,  TSATの実測値から求めた回帰式により,190病日ごろと予想された.そのため,硫酸鉄投与はその時期まで継続することにした.実際の硫酸鉄投与の終了は,198病日の採血でHt, TSATがそれぞれ52%,34.5%と目標値に達していることを確認してから行った.
[考察] 鳥類における鉄欠乏性貧血の診断は,ヒトや犬猫と比較して利用可能な検査項目が限られるため,課題が多く,診断や治療期間の決定に関して具体的な指標が示されていない症例報告も多い.特に,ACDとの鑑別は,両者が類似した血液学的所見を示すことがあり,鑑別が困難な場合があるが,それを考慮した記述もまれである.ACDでは炎症性サイトカインの作用により鉄の利用が阻害されるため,血清鉄は低下するが,貯蔵鉄は増加あるいは正常であることが多い.しかし,鳥類ではフェリチンが測定できないため,貯蔵鉄の状態を直接評価することができない.本症例では,原疾患である消化管クロストリジウム症の治療に加え,HtとTSATを貯蔵鉄の代理指標として鉄剤投与を行い,貧血の改善と鉄状態の回復を確認した.この方法は、長期的な鉄剤投与の必要性を判断し,過剰な鉄負荷のリスクを低減する上でも有効と考えられる.


     
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