2023年 第34回日本ウミガメ会議
展示課 石澤佑紀,岩尾一
1990年の開館から現在までの33年間で、新潟市水族館では86例のウミガメの漂着・混獲事例を扱った。そのうち、73例(84.8%)が、海水温の低い冬季(10月から4月)の死亡もしくは低体温症での漂着事例である。種の内訳はアカウミガメ、アオウミガメ、タイマイ、ヒメウミガメ、オサガメ、交雑個体(アカ×タイマイ)、種不明がそれぞれ38、15、10、5、3、1、1例であった。冬季の漂着時、生存していた個体は24個体でそのうち13個体が回復し、後に放流に至っている(表1)。
冬季に生存漂着したウミガメは低体温症にほぼ陥っている。低体温症の個体では脱水、肺炎、栄養不良、外傷を伴いやすいため、低体温症自体の治療に加え、これらの合併症の治療も必要となる。ウミガメは眼窩上縁にある塩類腺から、濃縮した塩類を排泄することで、海水を飲んでも体内の浸透圧、水和状態を維持している。しかし、塩類腺の機能は体温に依存している。そのため、低体温症の個体の大半が、塩類腺の機能の低下から脱水症状、電解質異常を合併している。
低体温症の個体の搬入時は、甲長、体重、直腸温を測定後、眼球・肛門の接触刺激時の反射反応での生命反応、眼球陥没状況からの脱水症状、レントゲンもしくは濡れタオル越しの聴診での呼吸器疾患の有無を評価している。可能な場合には、頚静脈からの採血での血液検査も行い、貧血、生化学値の異常の有無も評価している。
低体温症の個体は急激な体温上昇を起こさないよう、体温より1-2℃高い水温に浸し、一日あたり最大5℃までの体温上昇となるような気温の部屋に収容する。自力遊泳が困難な場合には、溺れないよう甲羅の半分程度までの水深とし、頭の下に丸めたタオルなどを設置している。脱水症状が顕著な個体については、海水:淡水=1:2-3程度の汽水でしばらく管理し、自発飲水による水和を促している。状況によっては、皮下もしくは静脈輸液を併用することもある。ブドウ糖が入った輸液製剤は高血糖症の発生や予後の低下が近年、報告されてきたため1, 2, 3、現在は使用していない。
感染症の懸念がある場合には、爬虫類ではグラム陰性菌が関与することが多いため、初期投与には、グラム陰性菌用の抗菌薬であるキノロン系もしくはセフタジジムを使用している。誤嚥性肺炎など、嫌気性菌の関与も疑われる場合にはメトロニダゾール、ペニシリン系の抗菌薬を併用することもある。
体温、脱水状態、感染症がコントロールされれば、多くの場合、魚肉、エビ、イカなどの自発摂餌がまもなく始まるが、重度の感染症や外傷、極端な栄養不良状態の個体では自発摂餌が起きにくい。その場合は、必要に応じて、流動食をチューブで胃内に強制給餌している。流動食は、養殖魚用配合飼料をふやかし、消化酵素で処理したものを使用している。ウミガメの食道から胃の解剖構造は通常のカメ類とやや異なり、胃内にチューブで投与しても、流動食の逆流を起こしやすい。誤嚥防止のため、流動食の投与時はカメの上半身を45-90°の角度に持ち上げ、処置後はしばらくその姿勢を維持するなどの対策を講じている。