調査・研究

研究会発表 抄録集

人工授精によるアカムツの育成

2017年 東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会

新田誠(新潟市水族館マリンピア日本海)
八木佑太(国立研究開発法人水産研究・教育機構日本海区水産研究所)
飯田直樹(富山県水産漁港課)




アカムツはノドグロとも呼ばれるいわゆる「高級魚」で、日本海側の地域での知名度が高い。新潟市水族館では、本種への来館者の関心が高いことから、地域の自然を紹介する上で重要な魚種と位置付け、生体入手を試みてきた。しかし、生息深度が200m前後であることや生息海域が特定できないことなどが障壁となり、展示は困難な状況にあった。
新潟市水族館では、2008年にアカムツの地域漁獲調査を行い、底びき網と刺し網漁への乗船機会を得て、生体展示を目的とした採集を開始した。しかし、底びき網では、袋網の中で長時間圧迫されることが致命傷となり生体確保には至らず、刺し網では、圧迫によるダメージを受けにくいことで生体確保および水族館までの輸送は可能であったが、減圧症や擦過傷が酷く、長期飼育ができなかった。また、本種は採集後の餌付けが難しく、飼育時に栄養不足に陥りやすいという難題もあった。採集の過程で、新潟県寺泊海域で9月以降に漁獲された個体が性成熟していることを発見し、2010年からは、育成による生体展示へと方針転換し、人工授精の実施に至った。
親魚は、9月中旬に刺し網によって漁獲された個体で、漁獲後、すぐに約13℃に冷却した水槽に入れて生存させた。搾出法で採卵・採精を実施し、乾導法による受精を試みた結果、受精卵の入手に成功した。仔魚の育成では、最長で20日齢までの生存に留まった。2013年からは、展示のほか、資源管理への応用も含めた共同研究として、新潟市水族館、国立研究開発法人水産研究・教育機構日本海区水産研究所(以下、日水研)、富山県農林水産総合技術センター水産研究所(以下、富山水研)の3機関で育成技術開発に取り組んだ。共同研究では2012年までの斃死の原因究明を行い、仔魚期の育成水温についての検討をした。天然海域での調査を実施し、仔魚の出現状況や産卵盛期(9月)における水温の鉛直構造を分析した結果、22~23℃が適していることを解明した。育成の過程で、浮上による大量死など難題も生じたが、技術の改善により約200尾を稚魚期まで育成させることに成功し、2014年からは国内初となる1歳齢の育成個体100尾の展示を開始することができた。2016年には2~3歳魚約700尾の常設展示が実現し、地域性の高い生物を通じた自然・環境教育という、目的にかなう展示が可能となった。
育成技術は生物特性の解明や資源管理にも応用され、2013年には日水研による耳石の日齢解析、2016年には富山水研による6カ月齢魚の放流試験が行われた。また、2017年9月には、育成個体約70尾が成熟年齢の4歳に達したのを機に、繁殖習性解明と第2世代育成への取り組みを開始した。


リニューアルに伴う新規展示水槽の工夫とLED照明の活用について

平成25年7月のリニューアルオープンに伴い,上部開放型水槽を用いたウェルカム水槽の導入と館全体に水槽照明のLED化を実施した.

ウェルカム水槽は,各地の海岸風景を再現した水槽を7基設置した.水槽の架台高を70㎝に統一し,幼児でもガラス越しに容易に観察できるようにした.架台高を低くしたことで,幼児用の踏み台が必要なくなるなどの利点があった.水槽4基は,ガラス高を60㎝とすることで水槽内部を上方からも観察できる効果を持たせ,干潟をテーマにした水槽では,巣穴が観察できるなどの展示効果が得られた.配管や配線などは擬岩や砂の中へ隠し,来館者によるいたずら防止と視覚効果の向上を意識した.

館全体の水槽照明には,LED照明を積極的に導入した.大水槽や浅瀬,熱帯の海をテーマにした水槽では,高輝度のLED(器具消費電力94Wおよび190WでHID215Wおよび415W相当),深海を再現した水槽ではスポットLED(器具消費電力14WでHID65W相当)を採用した.LED照明の利点として,省エネ効果によるコスト削減,放熱により生じる水温上昇の軽減,波紋効果などが得られた.欠点として,多重影,深度による飼育水の黄ばみ,波紋よる深海演出効果の低下,他色との混ざりにくさなどがあった.これらは,LED照明の多灯,色セロファンや乳白板フィルターの使用,HID併用等の工夫により改善できた.


新潟県産モツゴ属のアイソザイムバターン

1996年 第41回水族館技術者研究会

展示課 ○加藤治彦、玄番孝哲
日本海区水産研究所  野口昌之


【目的】
新潟県に分布するモツゴ属 Pseudorasbora 2種、モツゴ P.parva とシナイモツゴ P.pumila pumila の種間及び種内の遺伝的形質の相異を明らかにする。

【方法】
県内の10地点から採集された24個体(モツゴ:3地点、11個体/シナイモツゴ:7地点、13個体)を用い、デンプンゲル電気泳動法により筋肉中の5酵素(AAT、CAT、GPI、IDH、PGM)についてアイソザイムパターンを比較した。

【結果】
1. AAT,CAT,GPIで、モツゴとシナイモツゴの間に明瞭な差が見られた。種の識別に有効であり、交雑種の検出にも有効である可能性がある。
2. IDHとPGMでは、全ての個体のアイソザイムパターンに変異は見られず、種間、種内で共通であった。
3.モツゴGPIのアイソザイムパターンは、他県の標本の分析結果(内山、1987)と異なった。地理的変異について検討の余地がある。
4.シナイモツゴの5酵素全ての泳動パターンは同じであり、遺伝的変異は見い出せなかった。


飼育下雄のカマイルカの体温変化と発情期との関係

2006年 第32回海獣技術者研究会

展示課 ○新田 誠、加藤治彦、進藤順治


新潟市水族館では、鯨目の健康管理の一環として肛門から約30㎝の結腸温(以下深部)の測定を実施している。深部を測定する理由は、肛門に近づくほど環境に影響され易く、測定値が低値となることが雌のバンドウイルカで確認されたためである。

同環境で飼育している雄のカマイルカ(体長220㎝,体重120㎏)で、肛門から約15㎝の結腸温(以下浅部)が、深部の体温より高値になる時期が見られたため、深部と浅部の体温測定を開始した。

測定期間は、2005年7月18日から2006年8月20日までの約1年間とし、毎朝、安静時の体温を測定した。 11月中旬から翌年の5月中旬までは深部が高く、浅部が低い値を示すが(AVE.±S.D.、深部36.2±0.33℃、浅部35.9±0.35℃)、開始直後から11月上旬までと翌年の5月下旬以降では、深部が低く、浅部が高い値を示した(深部36.3±0.26℃、浅部36.7±0.32℃)。 体温変化を血液中テストステロン値および尿沈渣精子数と比較した結果、深部が低値となる11月上旬まで尿沈渣精子の出現が見られ、再び低値となる5月下旬に血液中テストステロン値の444ng/dlへの急激な増加が見られた。

血液中テストステロン値の増加時期および尿沈渣精子の出現時期を雄のカマイルカの発情期とすると(新田他,2005)、深部が浅部の体温より低値になる時期と発情期が一致した。  鯨目は、血流を利用して精巣を冷却することが報告されており(Williams他,2002)、発情期に精巣の冷却機能が働いていることが示唆された。


勃起


飼育下雄のカマイルカの血液中テストステロン値の増加と尿沈渣精子数の年変動

2005年 第31回海獣技術者研究会

展示課 ○新田誠,加藤治彦,進藤順治


新潟市水族館では、鯨類の繁殖生理研究の一環としてカマイルカ(2001年1月29日野生捕獲、雄、体長220㎝、体重120㎏)の血液中テストステロン(Tng/dl,以下T)と尿沈渣精子数(S個/HPF、以下S)の測定を定期的に実施している。
採血は月に1-2回行い、Tの増加が確認された後は週に1回とし、採尿は週1回の間隔とした。 採血は2003年1月13日-2004年12月14日、採尿は2003年1月8日-2004年12月2日の約2年間実施し、血液37検体、尿100検体の試料を得た。 血液はヘパリン処理をして血漿に遠心分離後、Tの測定を臨床検査機関へ依頼した。尿は尿沈渣を鏡検し、1視野400倍(HPF)の精子数を数えた。

Tの変動範囲は2003年が29-1158、2004年が35-4700であった。 2003年では7月上旬、2004年では6月下旬に急激に増加し、両年ともに7月に最大となり9月上旬に減少する傾向が見られた。 Sの変動範囲は、2003年が0-100<、2004年が0-494であった。2003年では7月上旬に出現し、8月下旬と10月上旬に100<を最高値とする増減を反復し、 11月中旬まで出現した(0.01-100<)。2004年では5月中旬に出現し、8月上旬と9月上-中旬に494を最高値とする増減を反復し、12月上旬まで出現した(0.02-494)。 尿沈渣精子は血中テストステロンの急激な増加後、35-49日遅れて高濃度で出現し、血中テストステロンの減少以降も21-48日間、不規則な増減を伴いながら出現することが認められた。


精子採取


アカイサキの産卵行動と仔魚の形態

2018年 第63回水族館技術者研究会

展示課 新田誠

アカイサキ Caprodon schlegelii(ハタ科ハナダイ亜科アカイサキ属)は,水深40~300mに生息する深海性の種である.当館で飼育中の個体が水槽内で産卵したため,産卵行動と仔魚の形態の記録をおこなった.最初の産卵は2016年9月13日に,水温約14℃,水量2.5m3の水槽で確認された.産卵行動を4回観察した結果,親魚は雄1尾,雌2尾で,雄が雌を水面に誘導後,水面で放精,放卵するのを確認した.産卵時刻は6時40分~8時50分,1尾の産卵は1日1回であったが,同日に2尾の雌による産卵も確認された.産卵は2017年2月27日まで継続し,計37回行われた.卵は,水量30Lの水槽で,水温19.0~24.6℃でふ化まで管理し,仔魚は,水量500Lの水槽で,水温19.2~25.8℃,栄養強化したS型ワムシを給餌して育成した.浮上卵を回収して計数した結果,1日の産卵数は1,160~54,230粒,受精率は4~93%であった.卵径は0.89±0.01㎜(n=10),真球形の無色透明の分離浮性卵で,0.19㎜の大油球1個が確認された.ふ化は,受精23時間後に開始され,ふ化数は0~14,790尾、ふ化率は0~100%であった.ふ化直後の全長は1.88±0.17㎜(n=7)で,膜鰭を呈し,眼の黒化は見られず,口と肛門は未開口であった.黄色素胞が体側背面と腹面に各1個,黒色素胞が背面に5個,腹面に4個見られた.3日齢で口と肛門が開口した.18日齢で腹鰭の原基が形成され,24日齢で腹鰭に鰭条が形成された.育成は,最長で28日齢までであった.仔魚の形態では,腹鰭の発達が早く,膜鰭分化前に鰭条が形成されるのを確認した.しかし,ハタ科に特徴的な腹鰭鰭条の伸長は見られなかった.育成では,天然海域の標本と比べ,体長に対する器官形成が遅れていたため,死亡原因を成長不良と推測した.成長不良は育成水温に起因する事例が知られるため,適性水温の解明が今後の課題となった.

アカテガニの飼育下繁殖について

2014年 関東・東北ブロック水族館飼育技術者研究会

展示課 原田 彩知子

アカテガニ Chiromantes haematocheir は十脚目ベンケイガニ科アカテガニ属に分類される陸生のカニで、岩手県以南、南西諸島、台湾、中国北部に分布する。本種のゾエア幼生から稚ガニにいたる飼育知見は少ない。飼育下繁殖による育成記録を報告する。 親個体は2011年10月24日に佐渡市沢根海岸で採集した。2014年7月17日にアクリル水槽 (W400 mm×D250 mm×H200 mm) に、オス1個体とメス2個体を収容し、展示した。室温25 ℃、餌はアカムシ、栄養強化した冷凍ブラインシュリンプ、エビカニ用配合飼料、肉食魚用配合飼料を週5回の頻度で与えた。同年7月5日に抱卵を確認し、7月22日に海水をはったポリプロピレン製飼育容器 (W385 mm×D208 mm×H290 mm) へ移動した。7月23日に放出されたゾエア幼生を発見し、太鼓型アクリル水槽 (φ333 mm×D100 mm) へ収容した。止水下で弱く通気を行った。毎日1/3換水を行い、強化シオミズツボワムシと冷凍ナンノを与えた。メガロパ期で海から河口へ遡上することから、17日目にメガロパ幼生を確認してから、徐々に淡水の分量を増やした。餌は上記に加えて栄養強化したアルテミアノープリウス幼生も与えた。また、24日目からメガロパ幼生10個体をガラス製容器 (φ290 mm×H150 mm) へ移動し、餌は栄養強化した冷凍コペポーダに変更した。稚ガニは27日目から確認され、3個体は脱皮を追跡するため、300 mLデリカップに1個体ずつ収容した。稚ガニには強化冷凍コペポーダ・ブラインシュリンプ、粉砕したプレコ用配合飼料を与えた。毎日ほぼ全換水を行い、淡水は4日ごとに100 mLずつ増量し、69日目の現在、海水・淡水比は1:4である。 放仔後0日齢幼生は頭胸甲長0.37 ± 0.05 mm (mean ± SD、n = 5)、脱皮は水温26.9 ~ 27.2 ℃下において約4日間隔で観察され、8日齢0.66 ± 0.04 mm (n = 5)、17日齢メガロパ幼生は甲幅1.00 ± 0.08 mm (n = 5)、甲長1.01 ± 0.12 mm (n = 5) であった。最初に確認した稚ガニは、26.2 ~ 27.2 ℃下において27日齢で甲幅1.04 mm、67日齢で 4.10 mmに成長した。
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