研究会発表 抄録集

研究会発表 抄録集

鯨類における腎機能マーカーとしての尿中N-アセチルβ-D-グルコサミニダーゼの有用性

2011年 第17回日本野生動物医学会

展示課 岩尾 一, 加藤 結, 榊原陽子, 鶴巻博之1, 田原正義, 南雲 綾, 長谷川 泉, 村井扶美佳, 山際紀子

尿中N-アセチルΒ-D-グルコサミニダーゼ(UNAG)活性の上昇は尿細管上皮の傷害を反映し、腎臓の機能異常の早期マーカーとして用いられている。UNAGが鯨類の腎機能マーカーとしても有用か検討するために、腎機能が正常な鯨類(ハンドウイルカ Tursiops truncatus(Tt)雌3頭、カマイルカ Lagenorhynchus obliquidens(Lo)雄1頭)、および、ネフローゼ症候群による慢性腎不全を発症したTt雌1頭より採取した尿のUNAG活性を測定した。UNAG活性を尿中クレアチニンで補正した指数(U/G)で表すと、Tt雌の正常尿で3.1±2.4(平均値±SD)(N=12)であった。Lo雄のUNAGは、尿中精子の出現と一致した上昇が見られ、雄性生殖器由来NAGの混入が疑われた。腎不全のTtのUNAGは、ネフローゼ症候群の発症前9.9だったが、発症後、最大50.2まで上昇し、ステロイド投与により13.6 まで低下し、末期腎不全での死亡時には236.9に再上昇した。UNAG測定は鯨類の腎機能評価に有用と考えられたが、雄個体の結果は慎重に解釈すべきと思われた。

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水族館と環境コミュニケーション

2011年 東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会 生物多様性と水族館 研究・展示・啓発活動

管理課 大和 淳

環境コミュニケーションという言葉は比較的新しい言葉である。平成13年版(2001年)の環境白書では、「持続可能な社会の構築に向けて、個人、行政、企業、民間非営利団体といった各主体間のパートナーシップを確立するために、環境負荷や環境保全活動等に関する情報を一方的に提供するだけでなく、利害関係者の意見を聴き、討議することにより、互いの理解と納得を深めていくこと」と定義している。また、1999年にOECDがまとめた「Environmental Communication」では、「環境面からの持続可能性に向けた、政策立案や市民参加、事業実施を効果的に推進するために、計画的かつ戦略的に用いられるコミュニケーションの手法あるいはメディアの活用」と定義している。2006年には国際標準化機構が環境コミュニケーションに関する国際規格化(ISO14063)を発行したこともあり、特に大企業などでは、ステークホルダーとのコミュニケーション活動の1つとして環境コミュニケーションという用語はかなり浸透してきた。水族館も組織である以上、多様なステークホルダーが存在する。来館者はもちろんのこと、設置者や出資者(納税者や株主など)、出入りの業者なども当然ステークホルダーである。よって、現在定義されている「環境コミュニケーション」もそのまま当てはめることができる。

しかし、特に日本では環境コミュニケーションを「企業が行う、ステークホルダーとの環境に関するコミュニケーション活動(CSRの一環)」と矮小化されて理解されているため、市民への広がりが無いことが残念である。「環境」も「コミュニケーション」も非常に深い言葉であるからこそ、現状の「環境コミュニケーション」では、何かもの足りないと考えている。具体的には「環境コミュニケーション」は、これからの「環境教育」の1つの方向性を示しているようにさえ感じている。

本発表では、まず、「企業」という小さな枠に取り込まれてしまった「環境コミュニケーション」を、もっと自由に解釈することを試みる。そして、水族館での活動の中に新たな「環境コミュニケーション」の概念を取り込み、その活動の意味や意義を問い直してみたい。

方法として、当シンポジウムのタイトルにある「生物多様性」「啓発活動」をメインキーワードに、「環境」「自然」「ヒト」「生物」「コミュニケーション」「環境教育」「インタープリテーション」「ESD(持続可能な開発のための教育)」「CEPA(広報・教育・普及啓発)」などのキーワードを検討することで「環境コミュニケーション」について考えたい。そして、その検討を踏まえ、水族館での環境コミュニケーションとはどのようなものか、また実際に行っている水族館での活動(環境コミュニケーションと意識しているかどうかは別として)について考える事とする。

カマイルカの精液中精子数の年変動

2011年 第37回海獣技術者研究会

展示課 加藤治彦,○鶴巻博之,田原正義,村井扶美佳,加藤 結
山際紀子,長谷川泉,榊原陽子,南雲 綾

鯨目の繁殖生理研究の一環としてカマイルカ Lagenorhynchus obliquidens(2001年1月29日野生捕獲,雄,体長220cm,体重120㎏)の精液中精子数を計測したところ年周期性が見られたので報告する.

2010年1月から2011年8月の20か月に渡り,1から4日に1回の頻度で採精し,合計451検体の精液を採取した.採精は上陸横臥姿勢(=サイドランディング(平野他,1999))と生殖溝への接触刺激での陰茎露出,それに後続する射精を条件付け,噴出された精液を採取した.採取された精液の一部をスライドガラスに分取し,光学顕微鏡を用いて1視野400倍(HPF),10視野の精子数を数え,平均数を精液中精子数とした.

精液中精子数の変動範囲は2010年が0-27280(平均368,標準偏差2105,標本数264),2011年が0-22624(平均681,標準偏差2807,標本数187)であった.精子は周年出現し,2010年では6月中旬から10月上旬に,2011年では6月中旬から8月下旬に1000<の高濃度となった.

一方,同時期に測定した(2010年1月27日-2011年8月24日,N=31)血液中テストステロン値の変動は2003年,2004年より得られた報告(新田他,2005)と同様,春から秋に増加する季節性を示した.対象個体においては,5月頃に生起する急激な血中テストステロンの上昇に35-51日遅れて精液中精子が高濃度となる.また,高濃度の期間は血中テストステロンの減少後21-47日間継続するという明らかな年周期性が見られた.精液中精子の高濃度出現が血中テストステロンの上昇後1-2か月遅れて見られ,血中テストステロンの減少後1-2か月継続するという動態は,尿沈渣精子の高濃度の出現(新田他,2005)と同様であった.

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カブトクラゲの繁殖

2011年 第55回水族館技術者研究会

展示課 ○石川 訓子

有櫛動物門有触手綱のカブトクラゲBolinopsis mikado は,その形や櫛板列の光の反射等展示効果は高い.しかし体が脆弱であり展示には傷の無い個体の確保が必要であるため,新潟市水族館では2008 年から繁殖を行っている.カブトクラゲの累代飼育の報告は無いため,今回安定した累代飼育を可能にする繁殖方法の確立を目的に2010 年5 月8 日より採卵と育成データの集積を試みた.

0.5μm フィルターによるろ過海水を入れたビーカーに,1L あたり1 個体の密度で成熟個体(平均全長65.0 ㎜)を夕方収容し,通気無しで一晩暗条件下に放置,翌朝静置した底面水から受精卵を回収した.卵は無色透明で,卵径は0.675±0.034mm(平均±SD:以下同様)(N=10),14L 円形水槽に150個程度ずつ収容しごく弱く通気した.回収日の夕方にふ化し,ふ化時の触手面最大幅(以下幅)は0.275±0.025 ㎜(N=10)であった.ふ化半日後には2 本の触手を持つ幼生となり,栄養強化したシオミズツボワムシを与え,5 日目より同アルテミアふ化幼生を併用した.ふ化後10 日目(幅約3.5㎜)より変態が開始され,14 日目(全長約12 ㎜)で触手は残るが袖状突起,耳状突起が形成された.16 日目(全長約15 ㎜)で触手は消失し変態が完了した個体から65L 四角型水槽に移し,ふ化後30 日で全長約45 ㎜に達した.なお換水は3~5 日おきに行い,飼育水温は全て20℃に設定した.

幼生期の瞬間成長速度率は47.5±13.5%であり,粕谷ら(2002)の報告とほぼ等しく今回の手法は本種に適した育成方法であると示唆された.また40 ㎜に成長した個体数/採卵親個体数は,2009年は3/8,3/5,10/14 であったのに対し,2010 年は37/11(5 月8 日採卵)次世代は55/5(12 月4日)と向上が見られた.なお同方法を用いたオビクラゲとツノクラゲの繁殖は,長期育成できなかったが,今後この手法を応用,改良することで他の有櫛動物の繁殖は可能であると考えられる.

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ハマクマノミを用いて検討した海産仔稚魚展示の試み

2010年 第54回水族館技術者研究会

展示課 ○ 新田 誠

海産仔魚の展示は,分散や繁殖習性などの生活戦略を解説する上で効果的である.しかし,①強い水流や打撃などの物理的刺激に対して脆弱である,②仔魚や餌料の流出を防ぐ目的から止水飼育が適しているが,水質改善に大量の換水が毎日必要となる,③個体が小さく肉眼的に視認しにくいなどの飼育展示上の諸問題があり,従来は展示が困難であった.この度,改善策を施した常設展示水槽にて,孵化直後のハマクマノミの展示を試み,良好な結果を得たので報告する.

展示には角型のアクリル水槽(L600×W300×H400㎜)を使用し,刺激を軽減するためにパネル板で隔てて設置した.観察面は透明アクリル板で覆い,水槽ガラス面との間に約2㎝の空間を設けた.育成方法は,止水飼育による透明度の低下や,換水時に起こる持続展示の中断を防ぐために濾過循環式とした.循環水は25.0℃前後に加温した.循環水量は,仔魚への流速の配慮と餌料の流失防止を考慮して,水温保持の必要量まで極力抑えた.仔魚の流出防止には,排水口をスポンジフィルターで覆い,周囲の排水速度を低下させた.対象が小さいため,水槽上部へ仔稚魚の発生段階を示すスケッチを表示し,顕微鏡下の卵発生などの映像を小型のデジタルフォトフレームで自動再生した.

展示水槽への循環水量は,100~300(ML/分)の注水で,飼育水温,餌料の残存率,稚魚期までの生残率を調べた結果,約150mL/分(換水率3.1回/日)が適量であった.循環水量150 ML/分で飼育展示した結果,水温24.3±0.1℃ (循環水温25.5±0.1℃,室温22.2±0.2℃),餌料として約20個体/MLで投与したシオミズツボワムシの24時間後の残存率は平均44.3%であった.稚魚期までの生残率は22.2~29.0%であり,比較で止水飼育した際の稚魚期までの生残率3.1~9.9%を上回った.展示面では,未成魚や産卵中の親魚に隣接して展示することで,生活史を理解し易い効果が得られた.

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