調査・研究

カマイルカの精液中精子数の年変動

2011年 第37回海獣技術者研究会

展示課 加藤治彦,○鶴巻博之,田原正義,村井扶美佳,加藤 結
山際紀子,長谷川泉,榊原陽子,南雲 綾


鯨目の繁殖生理研究の一環としてカマイルカ Lagenorhynchus obliquidens(2001年1月29日野生捕獲,雄,体長220cm,体重120㎏)の精液中精子数を計測したところ年周期性が見られたので報告する.

2010年1月から2011年8月の20か月に渡り,1から4日に1回の頻度で採精し,合計451検体の精液を採取した.採精は上陸横臥姿勢(=サイドランディング(平野他,1999))と生殖溝への接触刺激での陰茎露出,それに後続する射精を条件付け,噴出された精液を採取した.採取された精液の一部をスライドガラスに分取し,光学顕微鏡を用いて1視野400倍(HPF),10視野の精子数を数え,平均数を精液中精子数とした.

精液中精子数の変動範囲は2010年が0-27280(平均368,標準偏差2105,標本数264),2011年が0-22624(平均681,標準偏差2807,標本数187)であった.精子は周年出現し,2010年では6月中旬から10月上旬に,2011年では6月中旬から8月下旬に1000<の高濃度となった.

一方,同時期に測定した(2010年1月27日-2011年8月24日,N=31)血液中テストステロン値の変動は2003年,2004年より得られた報告(新田他,2005)と同様,春から秋に増加する季節性を示した.対象個体においては,5月頃に生起する急激な血中テストステロンの上昇に35-51日遅れて精液中精子が高濃度となる.また,高濃度の期間は血中テストステロンの減少後21-47日間継続するという明らかな年周期性が見られた.精液中精子の高濃度出現が血中テストステロンの上昇後1-2か月遅れて見られ,血中テストステロンの減少後1-2か月継続するという動態は,尿沈渣精子の高濃度の出現(新田他,2005)と同様であった.

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トノサマガエル白化個体の上皮小体機能亢進症の発症と治療

2011年 関東・東北ブロック水族館飼育技術者研究会

展示課 岩尾 一


トノサマガエル白化個体での上小体機能亢進症(Hyperparathyroidism:HPT)発症例の経過を報告する. 上皮小体は体内のカルシウム濃度を制御しているが, 上皮小体の機能が亢進すると, 骨の脱灰が生じ, 骨の脆弱化(代謝性骨疾患), 低カルシウム血症等を生じる. 動物では, カルシウムやビタミンDの摂取不足による栄養性 のHPTが一般的である. 2010年7月9日, 新潟県阿賀野市で発見されたトノサマガエル白化型の幼生11個体が市民より譲渡された.

幼生は, 熱帯魚用飼料用(テトラミン(R))と赤虫で育成し, 同年9月までに8個体が変態・上陸した. 変態後の幼体には, 適当なサイズのイエコオロギに炭酸カルシウムをまぶして給餌した. 同年11月ごろより, 成長遅延, 鼓腸症, 動作緩慢, 食欲不振といった症状が4個体の上陸幼体でみられるようになった. 細菌感染症を疑い, 抗生剤投与(エンロフロキサシン 5mg/L 10分間浸漬 5日間)を行ったものの症状の改善は認められなかった.

その後, 重症例では後肢の痙攣も頻発するようになり, 同年12月中に2個体が死亡した. 死亡個体の剖検では重度の皮下水腫を認めたものの, 感染症を疑う所見は無かった. 各種症状から, HPTを疑い, 診断的治療として, 2011年1月11日よりビタミンD(オスビタン1000(R) 2-3IU/Ml)を添加したグルコン酸カルシウム水溶液中(カルチコール末(R) 2g/L)での飼育に切り替えたところ, 症状が次第に改善したことから, HPTと診断した. 発症から9ヶ月経つ現在, 4匹が生存しているものの, 未だ完治せず, グルコン酸カルシウム水溶液中での飼育を継続している.

また, ほとんどの個体で自発採餌が困難であるため, 強制給餌も継続している. HPTの発症理由としては, 栄養性の原因が最も疑われる. しかし, 今回の発症個体はすべて色彩変異個体であり, 同クラッチ由来と考えられることから, 遺伝的要因の関与も否定できないと考えている.

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鯨類における腎機能マーカーとしての尿中N-アセチルβ-D-グルコサミニダーゼの有用性

2011年 第17回日本野生動物医学会

展示課 岩尾 一, 加藤 結, 榊原陽子, 鶴巻博之1, 田原正義, 南雲 綾, 長谷川 泉, 村井扶美佳, 山際紀子


尿中N-アセチルΒ-D-グルコサミニダーゼ(UNAG)活性の上昇は尿細管上皮の傷害を反映し、腎臓の機能異常の早期マーカーとして用いられている。UNAGが鯨類の腎機能マーカーとしても有用か検討するために、腎機能が正常な鯨類(ハンドウイルカ Tursiops truncatus(Tt)雌3頭、カマイルカ Lagenorhynchus obliquidens(Lo)雄1頭)、および、ネフローゼ症候群による慢性腎不全を発症したTt雌1頭より採取した尿のUNAG活性を測定した。UNAG活性を尿中クレアチニンで補正した指数(U/G)で表すと、Tt雌の正常尿で3.1±2.4(平均値±SD)(N=12)であった。Lo雄のUNAGは、尿中精子の出現と一致した上昇が見られ、雄性生殖器由来NAGの混入が疑われた。腎不全のTtのUNAGは、ネフローゼ症候群の発症前9.9だったが、発症後、最大50.2まで上昇し、ステロイド投与により13.6 まで低下し、末期腎不全での死亡時には236.9に再上昇した。UNAG測定は鯨類の腎機能評価に有用と考えられたが、雄個体の結果は慎重に解釈すべきと思われた。

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水族館と環境コミュニケーション

2011年 東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会 生物多様性と水族館 研究・展示・啓発活動

管理課 大和 淳


環境コミュニケーションという言葉は比較的新しい言葉である。平成13年版(2001年)の環境白書では、「持続可能な社会の構築に向けて、個人、行政、企業、民間非営利団体といった各主体間のパートナーシップを確立するために、環境負荷や環境保全活動等に関する情報を一方的に提供するだけでなく、利害関係者の意見を聴き、討議することにより、互いの理解と納得を深めていくこと」と定義している。また、1999年にOECDがまとめた「Environmental Communication」では、「環境面からの持続可能性に向けた、政策立案や市民参加、事業実施を効果的に推進するために、計画的かつ戦略的に用いられるコミュニケーションの手法あるいはメディアの活用」と定義している。2006年には国際標準化機構が環境コミュニケーションに関する国際規格化(ISO14063)を発行したこともあり、特に大企業などでは、ステークホルダーとのコミュニケーション活動の1つとして環境コミュニケーションという用語はかなり浸透してきた。水族館も組織である以上、多様なステークホルダーが存在する。来館者はもちろんのこと、設置者や出資者(納税者や株主など)、出入りの業者なども当然ステークホルダーである。よって、現在定義されている「環境コミュニケーション」もそのまま当てはめることができる。

しかし、特に日本では環境コミュニケーションを「企業が行う、ステークホルダーとの環境に関するコミュニケーション活動(CSRの一環)」と矮小化されて理解されているため、市民への広がりが無いことが残念である。「環境」も「コミュニケーション」も非常に深い言葉であるからこそ、現状の「環境コミュニケーション」では、何かもの足りないと考えている。具体的には「環境コミュニケーション」は、これからの「環境教育」の1つの方向性を示しているようにさえ感じている。

本発表では、まず、「企業」という小さな枠に取り込まれてしまった「環境コミュニケーション」を、もっと自由に解釈することを試みる。そして、水族館での活動の中に新たな「環境コミュニケーション」の概念を取り込み、その活動の意味や意義を問い直してみたい。

方法として、当シンポジウムのタイトルにある「生物多様性」「啓発活動」をメインキーワードに、「環境」「自然」「ヒト」「生物」「コミュニケーション」「環境教育」「インタープリテーション」「ESD(持続可能な開発のための教育)」「CEPA(広報・教育・普及啓発)」などのキーワードを検討することで「環境コミュニケーション」について考えたい。そして、その検討を踏まえ、水族館での環境コミュニケーションとはどのようなものか、また実際に行っている水族館での活動(環境コミュニケーションと意識しているかどうかは別として)について考える事とする。


カマイルカの連続射精における精液性状の変化について

展示課 加藤結




カマイルカLagenorhynchus obliquidensの連続射精時の精液量, 精子濃度, 精子活性の変化を調査した.
供試個体は1頭の雄のカマイルカ(国内登録番号285, 2001年1月29日野生捕獲, 推定年齢 16歳, 体長 220cm ). 2014年6月20日から2014年8月14日まで, 2日から5日おきに1日あたり連続3回を1セッションとし, 計19セッション採取を試みた. 精液採取は, 横臥姿勢での上陸後に, 生殖溝への接触刺激での陰茎露出, それに後続する射精を条件付けて, 20-30秒おきに実施した. 連続採取の時間間隔は, 当該間隔で精液を採取できていた過去の経験に基づいて決定した. 採取した精液は検査まで37℃の湯で保温した. 精子濃度は血球計算盤で算定した. 精子活性は, 牛の精液評価法に準じ, 精液をスライドガラスに貼ったパッチ状シール内に滴下し, 生存率と運動力(運動激烈から運動しないまでの5段階)を記録し, 運動力により重み付けした数値と生存率を掛け合わせて100で割り, 精子生存指数として評価した.
19回のセッション中, 3回とも射精があったのは11セッションであった. 精液量の中央値は1, 2, 3回目, それぞれ, 8.5ml, 1.0ml, 1.0ml. 精子濃度は6.0×10⁸/ml, 0.02×10⁸/ml, 0.004×10⁸/ml. 精子生存指数の平均値は47.3±32.4(標準偏差), 43.3±23.2, 27.8±20.7であった. 精液性状は1回目が良く, 回を重ねるにつれ, 悪化する傾向にあった.
バンドウイルカでは15-20分間内に連続して9-10回射精が可能で, 1回目では量が多いが精子濃度は低く, 逆に2回目以降では, 量は少なくなるが, 精子濃度はピークに達することが報告されている. 今回の結果と差が生じた理由として, 射精間隔の違いが考えられる.

発表資料:2014年第40回海獣技術者研究会・カマイルカの連続射精における精液性状の変化について(1.29MB)pdf[1]


新潟市近郊の陸水環境を模した「にいがたフィールド」とその活用について

2018年 第63回水族館技術者研究会

展示課 平山結,田村広野 管理課 石川訓子, 大和淳


 1990年に誕生した新潟市水族館マリンピア日本海は, 老朽化及び耐震対策, バリアフリー化, 新たな魅力の付加を目的に, 2013年にリニューアル工事を実施し, 屋外に「にいがたフィールド」を設置した. その概要と活用を紹介する. 「にいがたフィールド」はある種のビオトープで, 築山・里域の水辺環境・芝生広場から構成される敷地面積3400㎡のゾーンである. 里域の水辺環境として, 地面を掘削して遮水シートを埋設し, 小川・ため池・たんぼ・わき水・砂丘湖の5つの環境を模した. 総水量は100㎥で最大水深は90㎝である. 各水域は小川でつながり, 水道水を中和した飼育水と井戸水を供給し, ポンプ循環を施している. 水温は, 井戸水の供給点である湧水では年間を通して14℃前後と一定であり, その他の場所では気温の影響を受け変動している. 「にいがたフィールド」は新潟市近郊の陸水環境を模し,  水生植物ではアサザやトチカガミなど, 魚類ではシナイモツゴやホトケドジョウ, トミヨ属淡水型など, レッドリスト選定種を含めた在来種を半自然的な環境で成育させている. これらの種の一部は自然に繁殖, 定着し, 生息域外保全にも資されている. また, 学習機会を提供するため, 3月から11月までの月1回, 各エリアを職員が解説しながら案内するガイドツアーを実施している. ツアーは10名につき1名のスタッフが対応し, 多くの質問を受けるなど参加者の反応はよい. ユニークな体験として, 同一の20名を対象に6月から11月までの期間に, 田植え・稲刈り・脱穀・わら細工の一連の流れを体験してもらい, 「米どころ」新潟の水域文化の一部である農業や伝統について伝えている. 普段できない体験ができてよかったなどの感想が多く, 参加者の満足度は高い. 「にいがたフィールド」には導入生物以外の昆虫や鳥類なども来訪し, 一部は定着するなど多様化も増している. 今後も, 健全な展示環境を維持し, 希少生物の保全及び教育普及を推進していきたい.


アカムツの人工採卵と育成

2014年 第59回水族館技術者研究会

新田誠(新潟市水族館マリンピア日本海)
八木佑太((独)水産総合研究センター日本海区水産研究所)
飯田直樹(富山県農林水産総合技術センター水産研究所)



新潟市水族館では,2010年からアカムツの生体展示を目的として人工授精による仔魚育成を実施してきた.2013年からは,展示のほか,資源管理への応用も含めた共同研究として3機関で育成技術開発に取り組み,稚魚期までの育成に成功した.
親魚は,2013年9月中旬に新潟県の寺泊沖で採取した.船上で人工採卵を行い,乾導法で受精した.受精卵は,30Lパンライトで水温20.7±0.4℃,通気2.5L/分で管理した.仔魚は,500Lパンライト2槽で,水温22.4±0.9,22.6±0.6℃で飼育した.餌は,3~24日齢までS型ワムシ,以降はアルテミアを併用し,共に栄養強化(SCP:クロレラ工業㈱)して使用した.飼育水には,冷凍ナンノ(K-2:クロレラ工業㈱)を15g入れた.照明は,蛍光灯(40W)で24時間点灯した.
1回の採卵量は,4.5万~16万粒(n=5)で,受精率は50~75%であった.卵は,0.82±0.01㎜(n=10)の球形の分離浮性卵で,約40時間でふ化した.ふ化率は,11.3~34.5%であった.仔魚は,ふ化直後で全長1.82±0.08㎜(n=4),3日齢(2.87±0.08㎜,n=5)で開口した.16日齢(3.96±0.19㎜,n=4)で各鰭の原基が形成され,30日齢(7.46㎜,n=1)で前期稚魚期となった.稚魚は223尾で生残率は0.3%であった.1歳齢の生残は178尾で,稚魚期から若魚期までの生残率は79.8%であった.1歳齢の全長は120.5㎜(n=1)で,新潟の天然海域での全長82~98㎜(大西2009)を上回った.卵は,ふ化直前に沈下して死亡するため,常に浮遊させる通気量がふ化率の向上に有効であった.仔魚の育成水温は,過去の育成記録,天然海域での仔魚の鉛直分布,産卵期の水温の鉛直測定結果から22℃以上が適していると考えられた.仔魚は,7日齢以降から浮上死する個体が増加するため,常に1L/分の強めの通気で育成すると効果的であった.


人工授精によるアカムツの育成

2017年 東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会

新田誠(新潟市水族館マリンピア日本海)
八木佑太(国立研究開発法人水産研究・教育機構日本海区水産研究所)
飯田直樹(富山県水産漁港課)




アカムツはノドグロとも呼ばれるいわゆる「高級魚」で、日本海側の地域での知名度が高い。新潟市水族館では、本種への来館者の関心が高いことから、地域の自然を紹介する上で重要な魚種と位置付け、生体入手を試みてきた。しかし、生息深度が200m前後であることや生息海域が特定できないことなどが障壁となり、展示は困難な状況にあった。
新潟市水族館では、2008年にアカムツの地域漁獲調査を行い、底びき網と刺し網漁への乗船機会を得て、生体展示を目的とした採集を開始した。しかし、底びき網では、袋網の中で長時間圧迫されることが致命傷となり生体確保には至らず、刺し網では、圧迫によるダメージを受けにくいことで生体確保および水族館までの輸送は可能であったが、減圧症や擦過傷が酷く、長期飼育ができなかった。また、本種は採集後の餌付けが難しく、飼育時に栄養不足に陥りやすいという難題もあった。採集の過程で、新潟県寺泊海域で9月以降に漁獲された個体が性成熟していることを発見し、2010年からは、育成による生体展示へと方針転換し、人工授精の実施に至った。
親魚は、9月中旬に刺し網によって漁獲された個体で、漁獲後、すぐに約13℃に冷却した水槽に入れて生存させた。搾出法で採卵・採精を実施し、乾導法による受精を試みた結果、受精卵の入手に成功した。仔魚の育成では、最長で20日齢までの生存に留まった。2013年からは、展示のほか、資源管理への応用も含めた共同研究として、新潟市水族館、国立研究開発法人水産研究・教育機構日本海区水産研究所(以下、日水研)、富山県農林水産総合技術センター水産研究所(以下、富山水研)の3機関で育成技術開発に取り組んだ。共同研究では2012年までの斃死の原因究明を行い、仔魚期の育成水温についての検討をした。天然海域での調査を実施し、仔魚の出現状況や産卵盛期(9月)における水温の鉛直構造を分析した結果、22~23℃が適していることを解明した。育成の過程で、浮上による大量死など難題も生じたが、技術の改善により約200尾を稚魚期まで育成させることに成功し、2014年からは国内初となる1歳齢の育成個体100尾の展示を開始することができた。2016年には2~3歳魚約700尾の常設展示が実現し、地域性の高い生物を通じた自然・環境教育という、目的にかなう展示が可能となった。
育成技術は生物特性の解明や資源管理にも応用され、2013年には日水研による耳石の日齢解析、2016年には富山水研による6カ月齢魚の放流試験が行われた。また、2017年9月には、育成個体約70尾が成熟年齢の4歳に達したのを機に、繁殖習性解明と第2世代育成への取り組みを開始した。


リニューアルに伴う新規展示水槽の工夫とLED照明の活用について

平成25年7月のリニューアルオープンに伴い,上部開放型水槽を用いたウェルカム水槽の導入と館全体に水槽照明のLED化を実施した.

ウェルカム水槽は,各地の海岸風景を再現した水槽を7基設置した.水槽の架台高を70㎝に統一し,幼児でもガラス越しに容易に観察できるようにした.架台高を低くしたことで,幼児用の踏み台が必要なくなるなどの利点があった.水槽4基は,ガラス高を60㎝とすることで水槽内部を上方からも観察できる効果を持たせ,干潟をテーマにした水槽では,巣穴が観察できるなどの展示効果が得られた.配管や配線などは擬岩や砂の中へ隠し,来館者によるいたずら防止と視覚効果の向上を意識した.

館全体の水槽照明には,LED照明を積極的に導入した.大水槽や浅瀬,熱帯の海をテーマにした水槽では,高輝度のLED(器具消費電力94Wおよび190WでHID215Wおよび415W相当),深海を再現した水槽ではスポットLED(器具消費電力14WでHID65W相当)を採用した.LED照明の利点として,省エネ効果によるコスト削減,放熱により生じる水温上昇の軽減,波紋効果などが得られた.欠点として,多重影,深度による飼育水の黄ばみ,波紋よる深海演出効果の低下,他色との混ざりにくさなどがあった.これらは,LED照明の多灯,色セロファンや乳白板フィルターの使用,HID併用等の工夫により改善できた.


ハンドウイルカの尿性状

2009年1月
展示課    新田 誠


海洋哺乳動物の生物学的試料の採取並びに検査は,海洋という特殊な環境に進出した哺乳類の高浸透圧環境への適応進化の解明に役立ち,飼育下の動物の生理学研究や健康管理に有用です。しかし,水中生活に適応したクジラ目の場合,身体の拘束による試料の採取や病気の治療には危険が伴い,必ず必要とする試料が得られるとは限りません。新潟市水族館マリンピア日本海では,飼育下,クジラ目に,正の強化を用いたオペラント条件付けを応用し,身体的拘束をすることなく,身体検査や治療,さらには生物学的試料の採取を安全に実施するための行動形成を行っています.行動形成による生物学的試料の採取は,トレーナーと動物の双方に危険が及ぶことを極力回避でき,また,採取手続きに掛かる人手や時間が簡略化されることから,継続的な試料採取が可能となります。

本研究の対象とした尿は,非侵害的に得ることができ,比較的容易に病気の種類や程度・活動性などを知ることができます。
当館では,尿検査を飼育動物の生理値の解明および健康診断の指標とする目的で,飼育下クジラ目の尿を週1回の頻度で定期的に採取してきました。

約1年間の尿を採取し検査した結果,メスのハンドウイルカ5頭(個体C:飼育年数15年,K・Y:13年,R・A:3年)の尿性状について,若干の知見が得られました。



採尿期間は、個体C,K,Yが,2001年12月6日~2002年11月27日までの約1年間,個体R,Aは,2002年5月15日~11月27日までの約半年間であり,201検体の尿サンプルが得られました。

採尿方法は,①腹部をトレーナー側に向けてステージに上げ,自発的な排尿を待ちます。②体側に付着した海水の混入を防ぐため,生殖溝
付近の海水をタオルで拭き取ります。③生殖溝付近を観察し,排尿を視認します。④排尿後,すぐさま用意していた容器で採取します。





排尿までに要した時間は,最短で1分,最長で50分です。5~10分が最も多く,中央値は10分でした。



検査項目は,物理的検査,化学的検査,沈渣の鏡検,非電解質および電解質濃度の大きく分けて,4つの項目であり,計19項目について測定を行いました。
尿の色調は,201検体すべて淡黄色でしたが,検体ごとに若干の濃淡のあることが確認されました。



採尿量の測定には,メスシリンダーを使用し,尿比重の測定には,尿検査用の尿比重屈折計(ユリコンJE,アタゴ社)を使用しました。
物理的検査の結果,尿比重の範囲は,1.027~1.062でした。採尿量は,すべての尿の採取はできませんが,最大で160mlでした。



化学的検査の結果,pHの範囲は,5.0~7.5,ウロビリノーゲン,±~+タンパク,-~+糖-ビリルビン,-~±,潜血,-~++でした。
ウロビリノーゲン~潜血については,異常値も得られたため,個体ごとの出現率を調査した結果,タンパクと潜血に異常値の出現が比較的多く見られ,個体Cと個体Yに潜血反応が頻繁に見られました。



沈渣を鏡検した結果,赤血球と上皮が通常より多く見られた検体がありました。通常,赤血球,白血球,上皮は,400倍1視野で,1未満~2個程度見られます。個体ごとに出現した赤血球,白血球,上皮を4つの区間に区切り,出現率を調べた結果,個体Cで全体の約60%,個体Yで全体の約30%の割合で尿中の赤血球増加が見られ,5個以上が,それぞれ約10%と2%みられました。





非電解質および電解質濃度を測定した結果,尿素窒素の範囲は,844~3123㎎/dl,クレアチニンの範囲は,28.7~192.5㎎/dl,浸透圧の範囲は,844~3123 mOsm/㎏,Naの範囲は,165~620 mEq/l,Kの範囲は,32.5~166 mEq/l,Clの範囲は,205~620 mEq/l,Caの範囲は,0.3~35㎎/dl,Mgの範囲は,2.0~16.5㎎/dl,Pの範囲は,20.1~185㎎/dlでした。





尿比重,尿素窒素,クレアチニン,浸透圧,電解質濃度について,各個体間の平均値の差異を,t検定により検討し検出した結果,有意水準1%で各項目に有意な差が多く見られ,尿の比重,浸透圧,電解質濃度は,各個体によって相違していることが明らかになりました。



尚,個体RとAの関係については,Naを除き,有意な差が認められませんでした。この理由として,飼育年数,体重,餌料内容が類似していることが推測されましたが,詳しい考察には至りませんでした。今後,検体数の増加により判断できるものと思われます。
今回得られた数値と,過去の報告から得られているハンドウイルカの尿性状の,Na,K,Cl,浸透圧について比較した結果,Barnes(1954)の報告による海水の濃度,および,当館の飼育水に比べて若干濃い尿を出していることがわかりました.また,ハンドウイルカについては,Ridgway(1972)およびMalvin and Rayner(1968)の報告と同程度の濃度であるという結果が得られました。



今回得られた生理値を,飼育しているハンドウイルカの尿性状の基準値として用いることにより,腎機能や尿路の病気の発見に役立てていくことが出来ます。ただし,検定の結果で見られたように,各生理値は,個体ごとに差異があり,また,これらは,餌料内容や飼育環境により変化することも考えられます。個体ごとにデータを蓄積していくことが望ましいと思われます。
今後も,定期的な尿の採取を継続し,物理的検査,化学的検査で病気の有無を判断すると共に,必要に応じて沈渣の鏡検や,電解質濃度と血液性化学検査を併用するなどの検査を実施していきたいと考えています。


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