調査・研究

イルカのランディング行動の応用と有用性

1999年 第25回 海獣技術者研究会

展示課 鈴木倫明、加藤治彦、野村卓之、松本輝代、○平野訓子、田村広野


マリンピア日本海では、3頭のハンドウイルカ Tursiops truncatus に対して、3種類のランディング行動を形成し、飼育と 展示面で応用している。そこでこのランディング行動の応用と有用性について報告する。
基本となる行動は、1.腹部を下にステージに上がる「ランディング」、2.体側を下にステージに上がる「サイドランディング」、3. ランディング又はサイドランディングの状態でステージを滑る「グライディンク」である。これに方向性を加えた応用行動は、計 12パターンある。
ランディング及びサイドランディング行動は、現在、体表・眼球・口腔内の検査と治療、触診、身体各部の 計測、体重測定、聴診(肺、心音)、採尿、呼気検査等の健康管理に用いられており、今後、更なる項目(心拍率の測定、 超音波検診など)の追加、調査研究(ランディング時の体温変化など)が期待される。またショーにおいては、外部形態の解 説(哺乳類の特徴、進化)に用いられ、グライディンクは、観客に驚きを与えると共に体表の特徴である滑らかさを伝えるのに 有効である。


ハンドウイルカの採尿訓練概要と尿比重

2001年 第27回海獣技術者研究会

展示課 鈴木倫明、加藤治彦、野村卓之、進藤順治、○吉田直幸、松本輝代
石川訓子、新田 誠、山際紀子、長谷川 泉、長谷川直美、武者美奈絵


動物の尿は、当該個体の健康や生理状態の判断に有効な指標となる検体であるが、鯨目では、採取どころか視認すら 困難であることが多い。新潟市水族館では、条件付け技術を応用し、飼育展示下の3頭のハンドウイルカ Tursiops truncatus に対し、比較的安定的な採尿が可能になっており、尿性状について基礎的なデータを集積しつつある。訓練 の概要と尿性状の一部である尿比重について報告する。
尿は、動物を陸上に乗り上げさせて排尿を待ち、採取する。この時、動物は腹部をトレーナー側に向け横臥姿勢をとる (=サイドランディング(平野地、1999))。

採尿の為にはいくつかの行動を形成しそれらを連鎖する必要がある。条件付けを行った核となる行動は、
①動物に水中で仰臥姿勢を取らせ、体軸 をブールデッキに平行に尾鰭を保持する(=ハズバンドリー姿勢)。
②通常排尿までの時間は呼吸間隔を越える為、何度か 体を捻転させ呼吸の機会を与えながら、排尿を待つ。
③排尿を視認する。
④腹部をトレーナー側に向けサイドランディング させる。
⑤排尿の確認と採取。である。
強化子には、笛、餌、トレーナーの手による接触刺激を用いた。2001年6月12 日から7月11日にかけて、1日3回の採尿を目標とした集中的な検体採取からは以下の尿比重結果が得られた。(平均,標 準偏差,範囲,標本数)=(1.053,0.004,1.045-1.060,54), (1.039,0.004,1.031-1.050,77), (1.043,0.003,1.037-1.053,76)。


カブトクラゲの繁殖

2011年 第55回水族館技術者研究会

展示課 ○石川 訓子


有櫛動物門有触手綱のカブトクラゲBolinopsis mikado は,その形や櫛板列の光の反射等展示効果は高い.しかし体が脆弱であり展示には傷の無い個体の確保が必要であるため,新潟市水族館では2008 年から繁殖を行っている.カブトクラゲの累代飼育の報告は無いため,今回安定した累代飼育を可能にする繁殖方法の確立を目的に2010 年5 月8 日より採卵と育成データの集積を試みた.

0.5μm フィルターによるろ過海水を入れたビーカーに,1L あたり1 個体の密度で成熟個体(平均全長65.0 ㎜)を夕方収容し,通気無しで一晩暗条件下に放置,翌朝静置した底面水から受精卵を回収した.卵は無色透明で,卵径は0.675±0.034mm(平均±SD:以下同様)(N=10),14L 円形水槽に150個程度ずつ収容しごく弱く通気した.回収日の夕方にふ化し,ふ化時の触手面最大幅(以下幅)は0.275±0.025 ㎜(N=10)であった.ふ化半日後には2 本の触手を持つ幼生となり,栄養強化したシオミズツボワムシを与え,5 日目より同アルテミアふ化幼生を併用した.ふ化後10 日目(幅約3.5㎜)より変態が開始され,14 日目(全長約12 ㎜)で触手は残るが袖状突起,耳状突起が形成された.16 日目(全長約15 ㎜)で触手は消失し変態が完了した個体から65L 四角型水槽に移し,ふ化後30 日で全長約45 ㎜に達した.なお換水は3~5 日おきに行い,飼育水温は全て20℃に設定した.

幼生期の瞬間成長速度率は47.5±13.5%であり,粕谷ら(2002)の報告とほぼ等しく今回の手法は本種に適した育成方法であると示唆された.また40 ㎜に成長した個体数/採卵親個体数は,2009年は3/8,3/5,10/14 であったのに対し,2010 年は37/11(5 月8 日採卵)次世代は55/5(12 月4日)と向上が見られた.なお同方法を用いたオビクラゲとツノクラゲの繁殖は,長期育成できなかったが,今後この手法を応用,改良することで他の有櫛動物の繁殖は可能であると考えられる.

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ハマクマノミを用いて検討した海産仔稚魚展示の試み

2010年 第54回水族館技術者研究会

展示課 ○ 新田 誠


海産仔魚の展示は,分散や繁殖習性などの生活戦略を解説する上で効果的である.しかし,①強い水流や打撃などの物理的刺激に対して脆弱である,②仔魚や餌料の流出を防ぐ目的から止水飼育が適しているが,水質改善に大量の換水が毎日必要となる,③個体が小さく肉眼的に視認しにくいなどの飼育展示上の諸問題があり,従来は展示が困難であった.この度,改善策を施した常設展示水槽にて,孵化直後のハマクマノミの展示を試み,良好な結果を得たので報告する.

展示には角型のアクリル水槽(L600×W300×H400㎜)を使用し,刺激を軽減するためにパネル板で隔てて設置した.観察面は透明アクリル板で覆い,水槽ガラス面との間に約2㎝の空間を設けた.育成方法は,止水飼育による透明度の低下や,換水時に起こる持続展示の中断を防ぐために濾過循環式とした.循環水は25.0℃前後に加温した.循環水量は,仔魚への流速の配慮と餌料の流失防止を考慮して,水温保持の必要量まで極力抑えた.仔魚の流出防止には,排水口をスポンジフィルターで覆い,周囲の排水速度を低下させた.対象が小さいため,水槽上部へ仔稚魚の発生段階を示すスケッチを表示し,顕微鏡下の卵発生などの映像を小型のデジタルフォトフレームで自動再生した.

展示水槽への循環水量は,100~300(ML/分)の注水で,飼育水温,餌料の残存率,稚魚期までの生残率を調べた結果,約150mL/分(換水率3.1回/日)が適量であった.循環水量150 ML/分で飼育展示した結果,水温24.3±0.1℃ (循環水温25.5±0.1℃,室温22.2±0.2℃),餌料として約20個体/MLで投与したシオミズツボワムシの24時間後の残存率は平均44.3%であった.稚魚期までの生残率は22.2~29.0%であり,比較で止水飼育した際の稚魚期までの生残率3.1~9.9%を上回った.展示面では,未成魚や産卵中の親魚に隣接して展示することで,生活史を理解し易い効果が得られた.

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バイカルアザラシの人工哺育

2006年 第32回海獣技術者研究会

展示課 ○栗城智香、新原扶美佳、吉田直幸、野村卓之、進藤順治、山崎幸雄


バイカルアザラシ Phoca sibirica が新潟市水族館において、国内で初めて飼育下繁殖し、人工哺育に成功したので報告する。飼育環境は、水槽6×5×1.5(D)m、50立方メートル、陸場13.8㎡の規模で、開放重力式濾過槽を備え、水温9-18℃、室温8-19℃で変化した。母獣は1990年7月2日に推定年齢0歳で搬入された雄1頭と雌2頭の内の1頭。2001年より交尾行動が観察され、2004年に死産の経験がある。出産時16歳で、11月頃より体重増加が見られ、経過を観察した。仔獣は2006年4月18日朝に展示室の陸場で発見された。胎盤は陸場に排出されており、490gだった。育仔行動が見られなかったため隔離し、人工哺育を開始した。授乳はビニールホース(内径5mm,外径7mm)を使用してミルクを胃内に流し込む方法をとった。母獣より採取した乳汁2mlを初回に与えた。ミルクは4-6回/日、340-1080ml/日、526-3007kcal/日(0日齢-36日齢)を与えた。市販の子犬用ミルクと水生哺乳動物用粉ミルクを用い、段階に応じてマグロ肉、マアジ肉を混合し、その後はマアジを与えた。仔獣飼育室の温度は15-21℃、水温は14-19℃の範囲にあった。

出生時の仔獣の体長は約63cm、体重は3.86kgであったが、15日齢で7.88kg、36日齢(断乳時)には11.9kgに達した。新生仔毛の換毛は10日齢頃から始まり、25日齢頃に終了した。39日齢より自力摂餌が可能となり、52日齢より展示室へ移動した。9月2日現在、体重20.28kgと順調に成育している。

  


シナイモツゴの遺伝的変異個体群と飼育下保存

2002年 第47回水族館技術者研究会

展示課 加藤治彦、鶴巻博之、山田篤、小川忠雄、鈴木倫明
東京水産大学 渡邊精一


シナイモツゴは、絶滅危慎IB類(環境庁、1999)に評価される日本固有亜種である。本亜種の保全に資するため遺伝学的集団解析を行った。
新潟県内外18地点から得られたモツゴ属3タクサ324個体を用い、アロザイム電気泳動法による遺伝学的解析を行った。集団間の遺伝的類縁を解析するため12個体群の遺伝子頻度をもとに、Neiの遺伝的距離を求め、 UPGMA法を用いてクラスター分析を行った。

分析の結果、シナイモツゴ6個体群とウシモツゴ1個体群の2亜種で1クラスター、モツゴ5個体群は別クラスターとなり形態による分類と整合した。一方、シナイモツゴ6個体群内の1個体群が他の個体群と遺伝的に大きく異なっていること(Nei's D=0.108)が示された。この遺伝的相違は、推定された7酵素10遺伝子座の内、LDH-2遺伝子座の対立遺伝子の完全置換に基くもので、本亜種の遺伝的形質に隻団による変異があることが示された。
本個体群は、遺伝的撹乱防止のため他個体群との隔離が必要である。新潟市水族館では、本個体群のみを飼育下保存の対象とし、2001年9月28日に65個体を野生生息域より導入、2002年8月31日現在,約200尾の繁殖個体を保持している。今後、飼育下での単型化の対策、生息環境のモニタリング、保全啓発活動などが課題と思われる。


血尿を呈したハンドウイルカの1症例

2003年 第29回海獣技術者研究会

展示課 鈴木倫明、加藤治彦、野村卓之、進藤順治、吉田直幸、松本輝代
新田 誠、○栗城智香、山際紀子、長谷川泉


飼育下のハンドウイルカ Tursiops truncatus gilli (メス、体重170㎏,体長257㎝) に血尿が見られた。症状及び治療経過 について報告する。2001年11月15日、ランディング時に赤色尿を確認。翌日、血液検査、尿検査を実施。尿検査の結果、 尿性状はpH7.5、蛋白+++潜血+++、尿沈渣では多数の赤血球、白血球、リン酸アンモニウム結晶が確認された。血液検 査結果、食欲、体温等の一般状態に異常は認められなかった。症状及び臨床検査結果より膀胱炎並びに尿路結石症 を伴う血尿症と診断。後日、尿培養より大腸菌が分離された。

治療は、尿培養によって得られた薬剤感受性試験結果に基づいた抗菌剤(OFLX、LVFX、CCL、MINO)と尿路結石治療 剤(ウロカルン)を経口投与とした。治療の結果、6週後の尿培養で細菌の発育が認められなくなり、抗菌剤の投与を終了 した。7週以降から尿は黄色を呈し、9週後にはpH6.0と酸性化し、潜血、蛋白は減少、尿沈渣はリン酸アンモニウム結晶 の消失、赤血球数の減少が見られた。14週後の尿検査において、尿は透明感のある黄色。pH6.0、尿沈渣で顕微鏡的 な微少出血が見られる程度となった。以後、潜血は確認されない。尿路結石治療剤は予防の為半年程使用した。

受診動作訓練に基づく定期的尿採取及び検査を実施し、結果を基に適切な治療が行え、治癒の転帰をとった。2003 年8月21日現在、再発は見られない。


飼育下カマイルカの尿性状

2004年 第30回海獣技術者研究会

展示課 加藤治彦、新田誠、進藤順治、鈴木倫明


尿は、非侵害的に得られる生物試料で、動物の健康や生理状態の判断に有効な指標であるが、水中生活者である鯨目尿試料の採取は飼育下 であっても困難なため、その性状に関する報告は少ない。上陸横臥姿勢での排尿行動を条件付け、採取した。雄のカマイルカ Legenorhynchus obliquidens 1頭(2002.1.29 野生捕獲、体長220㎝,体重120㎏)の尿性状について報告する。 2002年7月10日から2004年6月30日までの約2年間に亘り、約1週間間隔で合計103の尿試料を採取し、 22項目の物理、化学的検査等の結果、以下の知見が得られた。

【物理的検査】
色調:透明淡黄緑色, 尿比重(ATAGO尿比重屈折計ユリコンJE使用):(平均±標準偏差,標本数=)
1.050±0.004,103,採尿量(ml):37.7±33.1,103.

【化学的検査】
pH:6±0.4,102,ウロビリノーゲン(±):100%,タンパク(-):97.1%,糖(-):100%,ビリルビン(-):99.0%,潜血 (-):99.0%.

【電解質濃度】
尿素窒素(mg/dl):2826±308.6,101,クレアチニン(mg/dl):55±11.8,101,Na(mEq/l):247±62.4,102,
K(mEq/l):126±27.8,102,Cl(mEq/l):250±57.4,102,Ca(mg/dl):5±4.3,102,Mg(mg/dl):9±3.7,102,
P(mg/dl):147±40.1,102,浸透圧(m0sm/l):1867±134.9,102.

【沈渣の鏡検(400倍1視野当り)】
赤血球(<1個):99.0%,白血球(<1個):100%,上皮細胞(<1個):99.0%,精子出現頻度:31.1%.


飼育下ハンドウイルカの尿性状

2002年 第28回海獣技術者研究会

展示課 鈴木倫明、加藤治彦、野村卓之、進藤順治、吉田直幸、○新田 誠
栗城智香、山際紀子、長谷川泉、石田祐子


尿は、動物の健康や生理状態の判断に有効な指標である。新潟市水族館では、飼育下鯨目の尿を週1回の頻度で 定期的に採取し、検査している。雌のハンドウイルカ Tursiops truncatus gilli 5頭(体長245~298cm、体重185.0~ 275.0kg、飼育年数3~15年)の尿性状について報告する。尿は、上陸横臥姿勢(=サイドランディング(平野他、1999)) での自発的な排尿行動をオペラント条件付けにより強化し採取した。検査項目は、物理的検査、化学的検査、沈渣の 鏡検、電解質濃度である。2001年12月6日から2002年11月27日までの約1年間で、合計201検体の尿標本が得られ、 19項目を検査した。尿性状の範囲を以下に示す。

【物理的検査】 色調:淡黄色、尿比重:1.027~1.062、採尿量:3~160ml
【科学的検査】 pH:5.0~7.5、ウロビリノーゲン:±~+、タンパク:-~+、糖:-、ビリルゲン:-~±、潜血-~++
【沈渣の鏡検】 赤血球:<1~10個/1視野400倍、白血球:<1~2個/1視野400倍、上皮:1~5個/1視野400倍
【電解質濃度】 尿素窒素:844~3123mg/dl、クレアチニン:28.7~192.5mg/dl、Na:165.0~620.0mEq/l、K:32.5~ 166.0mEq/l、Cl:205.0~620.0mEq/l、Ca:0.3~35.0mg/dl、Mg:2.0~16.5mg/dl、P:20.1~185.0mg/dl、浸透圧:1361 ~2356mOsm/kg


ビタミンE欠乏症を疑ったフンボルトペンギン雛の連続死

2010年 第20回ペンギン会議全国大会

展示課 ○岩尾一、山田篤


ビタミンE(トコフェロール)は、強力な抗酸化作用を持ち、細胞膜の安定性や脂質代謝に関わる脂溶性ビタミンである。ビタミンEが欠乏した動物の体内では、活性酸素により、生体膜のリン脂質に過酸化脂質が蓄積し、組織傷害や脂質代謝異常が起きる。ビタミンE欠乏症としての症状には白筋症、汎脂肪織炎、溶血性貧血、高脂血症などがみられる。

7, 8 家禽やワニではビタミンE欠乏による産卵率や受精率, 孵化率の低下、孵化仔の死亡率の増加も報告されている。

11.13 海産魚類は高度不飽和脂肪酸を多く含み、冷凍保存状態でも、脂肪酸の酸化とビタミンEの消費が進行し、長期間冷凍保存した海産魚類ではビタミンEが欠乏しやすい。したがって、飼育下の魚食性動物は潜在的にビタミンE欠乏症を発症する可能性が高いと想定され、特に冷凍餌料を与えている場合は、魚食性動物の餌にはビタミンEを日常的に添加することが推奨されている。

3, 4, 16 飼育下にある魚食性の鳥類(ペリカン1、サギ12、ウミスズメ15)や哺乳類(アザラシ6、アシカ2,5)、爬虫類(ガータースネーク9, ワニ10,11)では、ビタミンE欠乏症が古くから報告されているものの、ペンギン類での報告はない。3 新潟市水族館で孵化したフンボルトペンギンの雛で、ビタミンE欠乏症と考えられる連続死亡例がみられたので報告する。

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