飼育下バイカルアザラシ Phoca sibirica の胎仔成長

2008年 日本野生動物医学会

○ 岩尾一1) ,進藤順治2) ,大越智香1) ,加藤結1) ,橋村一美1), 山崎幸雄1)
1)新潟市水族館マリンピア日本海,2)北里大学

【背   景】
鰭脚類の繁殖様式には着床遅延が存在する。受精卵が発生を胚盤胞期で停止した状態を数ヶ月間維持した後,着床し, 胚発生の再開および胎盤形成を開始する現象である。 着床遅延期間の調節は光周期刺激によると考えられている(Boyd, 1999)。 そのため, 鰭脚類の交尾期, 受精期, 妊娠期間, 胎仔齢の特定はしばしば困難である。 バイカルアザラシ Phoca sibirica はバイカル湖に棲息する淡水性アザラシであり, 国内複数の園館でも飼育展示されている。 しかし, 繁殖様式については, Thomas et al.(1982)による野生下の断片的な記載以降はほとんど報告がなく, 飼育下での繁殖例もまれである。 そこで, 飼育下での出産例をもとに, バイカルアザラシの胎仔成長パラメーターの推定が可能か検討した。

【材料と方法】
人工照明下(明期:8.5時間, 暗期:15.5時間)で屋内飼育されているバイカルアザラシの2003年11月から2007年12月までの出産例を分析対象とした。 前回の出産日の特定が可能だった流産時(n=3), 正常出産時(n=1)の胎仔重量(W)の3乗根を目的変数とし, 説明変数は前回の出産日からの日数(D) として回帰式を求めた。 ただし,正常出産の一例については,一年以内の出産が以前になかったため, Dは365日とした。得られた回帰式をもとに, 過去の出産例すべてについて(n=7), 後ろ向きに胎仔齢および交尾時期の推定を行った。 母獣の一頭については, 2007年12月の流産以降, 月1回もしくは2回の採血を行い, プロゲステロン(P4)とエストラジオール E2)の血中濃度をCLIA法で測定した。

【結果と考察】
W^(1/3)=0.063D- 6.787(r2=0.87, p=0.064)の回帰式が得られた。これより, 対象とした光条件下では, バイカルアザラシの雌は出産後, 着床が108日目に起き, 実妊娠期間は257日, 胎仔は着床後0.063 g^(1/3)/日で体重が増加すると推定された。 正常出産例では胎仔は着床後249日齢で出産され, 流産時の胎仔は76, 114, 143, 204, 214, 231日齢であったと求められた。 流産時の胎仔齢, 時期等に明瞭な関係はみられなかった。 回帰式単独では交尾期の特定はできなかった。しかし, 雌雄の行動変化や他種アザラシの例から, 出産後30日以内に発情が起きたと仮定すると, 全出産例の交尾期について, 時期的な偏りはみられなかった。よって, 対象条件下では, バイカルアザラシの雌は周年, 出産後まもなく発情し, また, 雄も受精可能な精子を周年 生産していると考えられた。血中ホルモン濃度については, 流産日から100日目の採血時にP4, E2ともに一過性の上昇が認められ, 黄体機能の再活性化および胚着床が, 回帰式からの推定時期と近い時期に起きたことが示唆された。

 研究会発表資料  

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